「業務基礎スキル」導入のおススメ

〜「業務基礎スキル」と「業務基礎スキル診断」でわかったこと、わかること〜
日本タイムマネジメント普及協会
行本 明説
20160217

1.はじめに

 昨年の10月に20冊目の本「ワーク・コントロール」(CCCメディアハウス)を出版しました。その中で「基礎スキル」という表現を20冊目にして初めて使わせていただきました。同書の中では基礎スキルだけでも十分にご理解いただけるのですが、世間一般的にはご理解いただけないので、出版を機会に「業務基礎スキル」という言葉を使うことにしました。

「業務基礎スキル」に対して「業務実務スキル」があると考えてください。本論は「業務基礎スキル」とは何かをお伝えするために記しました。「業務実務スキル」は担当業務の処理能力にかかわることです。世間一般に仕事ができる人とはこの「業務実務スキル」の高い人のことです。

 本論では「業務基礎スキル」を診断する手法もお伝えしますが、この「業務実務スキル」との関係では四つのパターンが想定されます。

 ・「業務基礎スキル」も「業務実務スキル」も高い人・・非常にまれなケース

 ・「業務基礎スキル」も「業務実務スキル」も低い人・・結構多いパターン

 ・「業務基礎スキル」が低く「業務実務スキル」は高い人・・結構多いパターン

 ・「業務基礎スキル」が高く「業務実務スキル」は低い人・・移動間近の人など

「業務基礎スキル」を土台として「業務実務スキル」を構築するとエクセレントな仕事になると本論では考えています。

2.業務基礎スキルとは

 小協会が独自に定義した誰にでも、どんな仕事にも当てはまる仕事の普遍性にかかわる仕事の処理方法の技術です。現状のホワイトカラーの生産性向上の定番となっているBPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)とは一線を画す新しいマネジメントの考え方と技法がベースになっています *1993年にプロトタイプが完成し、NTTグループの企業で最初に導入いただきました。

 BPRは生産現場で効果を発揮した技法なので仕事のプロセス(フロー:流れ)を追及します。ですから「社長の仕事=新入社員の仕事」の発想は持ちえません。また同様に「コピー取り=企画書作成」の発想にもいたりません。しかし、小協会が提唱する業務基礎スキルにはBPRでは成立しないこの二つの方程式がベースになります。

 仕事の普遍性にこだわったのは、既存のBPRなどの手法では個人もチームも組織もスキルアップも望めず、劇的な生産性向上も実現しないと指導経験から確信したからです。「誰にでも、どんな仕事にでも」共通する「仕事のしくみ」からアプローチしない限り、この難問は解けないと感じたからです。

 では具体的に見てみましょう。私たちが行っている仕事を5W1Hとある特殊な見方で見ると「社長の仕事=新入社員の仕事」が成り立つことを証明できます。その特殊な見方のことを「両極併存」といいます。対極にある二つの事柄が同時に成り立っているとする考え方です。

 例えば、「誰がやっている」仕事なのかを両極併存すると「自分ひとり」でやる仕事と「他人と共同」でやる仕事の二つしかないことがわかります。前者はいわゆるデスクワーク(書類作成やPC入力など)ですし、後者は会議、打合せ、電話応対など他人が存在しないと成り立たない仕事です。つまり、社長も新入社員も「自分ひとり」の仕事と「他人と共同」の仕事の二つしかしていないと小協会では考えています。これが仕事の普遍性からのアプローチです。

 そしてこの「自分ひとり」や「他人と共同」の仕事の処理の仕方を業務基礎スキルと考えています。この二つの仕事は処理の仕方が明らかに異なるにもかかわらず、私たちは社会人になってから多分一度もこの処理の違いについて明確に指導を受けることなく今に至っているはずです。つまり我流で乗り切っているのが実態です。

同様に「コピー取り」と「企画書作成」にも普遍性が存在します。これも両極併存で捉えることができます。つまりどんな仕事にも、

「はじめ」があり「おわり」があります。(投下時間にかかわる)

 「質(より上手に)」と「量(より多く)」があります。(動機・目的にかかわる)

 「予定(計画)」と「実績(結果)」があります。(優先順位にかかわる)

 「責任」と「権限」があります。(役割分担にかかわる)

 「納得」と「調整」があります。(意思疎通にかかわる)

 「専門」と「業際」があります。(専門知識にかかわる)

 「意思」と「規範(ルール)」があります。(社風・風土:会社環境にかかわる)

 「公平」と「共有」があります。(情報処理にかかわる)

 どんな仕事も上記の八つの要因の影響を受けていることになります。

 例えば「コピー取り」を考えてみてください。

  いつコピーしようか(はじめ)、いつまでにとろうか(おわり)

  裏紙でいいか(質)、何枚だっけ(量)

  上手に取ろう(計画)、うんうまく取れた(結果)

 というようにこの8つの要因は仕事を形作るものです。そして面白いことにこの8つの要因の2つのセット(項目)はある特徴を持っています。それは一人一人の個人(自分)だけで決められるものと誰か(他人)との合意形成のなかで決まるものが、常にセットになっているということです。自分だけで決めるところは自律性を、他人と決めるところは他人の影響(他律性)を受けることになっていることに気づきます。

 そしてこの8つの要因を形作る合計16個の項目も業務基礎スキルだと考えています。例えば、社会人になって「仕事のはじめ方」や「おわらせ方」を系統だって指導を受けたことはありますか?多分ないと思います。ここでも我流で乗り切っていることがはっきりわかります。

 つまり、誰がやる仕事にも、どんな仕事にも共通する普遍性があるにも関わらず、この仕事の普遍性にかかわるところは各自の我流で処理されていると考えることができます。これがホワイトカラーの生産性がモノづくり現場に比較すると圧倒的に低いという根本にある問題・原因です。

 業務基礎スキルは我流であった仕事の処理方法に一定の共通性を持たせるものです。ですから導入いただいたチーム、組織では個人のスキルアップと同時にチームの業績向上や組織変革が同時に実現することになります。

 小協会では業務基礎スキルを研修、コンサルティングなどをとおしてお伝えしています。また、後述のように業務基礎スキルの診断・判定のサービスも提供しています。

3.業務基礎スキルでわかったホワイトカラーの生産性の指標の数々

 業務基礎スキルが明確になったことにより、ホワイトカラーの生産性にかかわるいくつかのデータや 法則のようなものがはっきりしてきました。以下にご紹介します。

 1)生産性の方程式
   ホワイトカラーの生産性向上はよく耳にしますが、肝心かなめの生産性の捉え方は統一されてい  ないようです。一人当たりの生産性だったり、時間あたりの生産性だったり、どれもはっきりしま  せん。ところが「業務基礎スキル」の「はじめ」と「おわり」、「質」と「量」の二つのセットで  ホワイトカラーの生産性を定義できるだけでなく、取り組むべき方向性も明確になります。

仕事の「はじめ」と「おわり」はその仕事に投下した時間を明確にしてくれます。これを分母として、仕事の成果物は「質」と「量」で捉えることができるのでこの二つの乗じたものを分子とします。つまり生産性=質×量/投下時間となります。
この方程式を「生産性の方程式」と呼ぶことにしています。この方程式から、ホワイトカラーの生産性を向上させる取組は三つしかないことがわかります。一つは「今までよりも少ない時間でやる(時短につながります)」。次は「今までよりも多くやる(売上拡大、業績向上)」。最後は「今までよりも上手にやる(効果・効率的、ランクアップ)」となります。

 2)仕事におけるコミュニケーションの割合は6割以上 

  経営学の世界にコミュニケーションを持ち込んだのはアメリカの経営者で経営学者のチェスター・バーナードです。彼は組織存続のためにコミュニケーションは不可欠の三つの要素のうちの一つだと説きました。

 小協会の業務基礎スキルで考えてもコミュニケーションは極めて重要なことがわかります。私たちの仕事は「自分ひとり」でやる仕事と「他人と共同」でやる仕事の二つしかありませんが、この二つの仕事に投下している時間の割合は概ね4:6です。仕事の半分以上が「他人と共同」の仕事、つまり目の前に誰かが存在し、その人とコミュニケーションをしなければならない状況だということです。

 小協会ではコミュニケーションの「聞く、話す、読む、書く」も業務基礎スキルだと位置づけています。

 3)仕事に必要な三つの基本技術 

 私たちの仕事は「自分ひとり」と「他人と共同」の二つしかないことをご紹介してきました。この考え方をさらに発展させると仕事に必要な技術も特定させることができます。

 「自分ひとり」でやる仕事にはその担当業務の「専門知識」は不可欠です。先に紹介した生産性の 方程式を機能させるにも「専門知識」が欠如していると、少ない時間でやることは不可能ですし、 より多くやることも、より上手にやることもできません。

 また「他人と共同」の仕事は目の前に他人が存在しているので「コミュニケーション」の技術は不可欠です。

 こうみると私たちの仕事は生産性を高めるためには「専門知識」の蓄積と「コミュニケーション」スキルがないと実現しないことがわかります。そして「専門知識」と「コミュニケーション」を最有効に結びつける技術として「はじめ方」とか「おわらせ方」などの仕事の「さばき方」の技術があるとするモデルを考えることができます。

 4)仕事の四分の一は突発

 社長の仕事も新入社員の仕事も同じとする考え方では、「何をやっているか」は「事前にわかる」仕事と「突発」の仕事の二つしかありません。そして、それぞれに投下している時間を調査すると、業種・業態・規模にかかわらず概ね「突発」に四分の一:25%の時間が費やされていることがわかっています。

 5)すべての仕事は64通りに分類できる

 さきに「社長の仕事=新入社員の仕事」を証明するのに5W1Hで仕事を二つのセットで捉える方法をお伝えしました。この方法を使うとこの世の中で発生する全ての仕事は2の6乗で64のパターンのいずれかに分類されることがわかります。

 BPRの分析を行うと大企業では仕事のパターン、フローが万の二桁を軽く超えることになると思います。それでは業務分析も至難の業ですが、64パターンでも多いですが十分に分析可能な範囲ですし、通常の小協会のコンサルティングでは8パターン(2の3乗:自分ひとりと他人と共同、事前にわかると突発、継続的と企画的)か16パターン(2の4乗:前述にパフォーマンスかリソーセスを加える)で十分に業務分析は可能です。

 6)大企業病とベンチャー企業の問題点

 前述の業務分析を行うと、継続業務が多くリソーセスが多いとほぼ大企業病にかかっていると判断できます。また、逆に新興のベンチャー企業などでは継続業務に比較すると企画業務の割合が以上に多いこともわかっています。

 7)ピラミッド型組織とフラット型組織

 私たちの仕事は「自分ひとり」と「他人と共同」でやる二つの仕事しかありません。自分ひとりでやる仕事は専門知識が必要で業務処理と呼べるものです。この仕事は一人ではできないので二人で、二人ではできないので3,4人でと拡大していきます。その際に指示命令と業務内容が整合するようにピラミッド型のヒエラルキーのある組織形態ができあがりました。

 一方の他人と共同でやる仕事は目の前に他人がいることからコミュニケーションスキルが必要で情報処理と呼べるものです。この仕事は一度に同一内容を多くの人に伝えることができれば効率が良いのでフラット型の単純な組織のほうが機能します。

 つまり、ピラミッドかフラットかを選択するのではなく、仕事そのものに二面性(業務処理と情報処理)があるので、それに合わせたしくみにすることが大事です。具体的にはピラミッド型の業務処理のしくみとフラット型の情報処理のしくみを同時に両立することが生産性向上に寄与すると業務基礎スキルは示唆してくれています。

 8)裁量型経営のまやかし

 どんな仕事にも一人一人の個人にしか管理できない「はじめ」と誰かと合意形成しないと成り立たない「おわり」の二つから成り立っています。一人一人の個人にしか管理できないことは正しく裁量型といえますが、誰かと合意形成しなければならないことは裁量型とは言えないと業務基礎スキルの視点から小協会では考えています。

 一人一人の個人が管理できる「はじめ」や「質」に焦点を当てるのであれば、裁量型というよりは自律型といえますし、誰かと合意形成しなければ成り立たない「おわり」や「量」に焦点を当てれば合意型(他律型)ということになります。

 いずれにしても、業務基礎スキルの観点からは裁量型経営や裁量労働制はロジカルエラーを起こしていると考えています。

4.業務基礎スキルを判定する業務基礎スキル診断

業務基礎スキルをベースに各自の業務基礎スキルの状態だけでなくチームや組織の長所、短所や課題なども浮き彫りにすることができるような業務基礎スキルを判定できる診断を作ってみました。

 1)業務基礎スキル診断開発の経緯

 「業務実務スキル」がより効率的・効果的に実践できるように下支え、土台として「業務基礎スキル」の概念が定義されました。企業研修などでも、業務基礎スキルの研修を指導してきましたが、はじめにに紹介した通り、業務実務スキルが高いからといって必ずしも業務基礎スキルも高いということにはなりません。受講者の様子をわからずして手探りでレクチャーをするのは講師によって研修の成果に大きな差が生じることになります。

 そこで研修前に参加者のスキル状態を講師が知るだけでなく、参加者も研修前に自分のスキルの自己評価ができるようにするために研修のセッションごとに10問程度のスキル判定アンケートを導入するように工夫したのが、業務基礎スキル診断の始まりでした。

   当初は研修の各セッションのスタート前に会場で実施していましたが、IT化の進歩で現在では、研修前に90問の五者択一アンケートで15項目の診断判定を事前に行うようになっています。今後は判定の精度向上をめざして150問のアンケートにする計画を進めています。

 2)業務基礎スキル診断の構造と中身

 調査項目は15項目あります。大きく三つに分かれます。やる気にかかわる心模様のアンケートが3項目、やり方にかかわるアンケートが8項目、そしてコミュニケーションの聞く、話す、読む、書くの4項目を足して全部で15項目です。

 このアンケートで業務基礎スキルの状態が各自で把握できるようになっていますが、これだけでは各自の長所、短所しか把握できないので、このデータをもとに「聞く力」「書く力」「時間力」「段取り力」など業務基礎スキルの重要な10項目を抽出し、入門から5段までの12段階に業務スキルの状態を絶対評価もしています。これを段級審査と呼ぶことにしています。

 3)業務基礎スキル診断の結果

 業務基礎スキル診断のプロトタイプが開発されたのが1993年なので、今年で23年目となります。その間に蓄積された診断データは万単位のデータとなっています。

 詳細は次にお伝えすることとしますが、概略だけでもここでお伝えします。

  ・年々業務基礎スキルのスコアは悪化しています。

  ・業務基礎スキルとストレスに正の相関関係があることがわかりました。

  ・業務基礎スキルと業務改善や業績向上に密接な関係があることがわかってきました。

  ・業務基礎スキルの向上と専門知識の関係性が見えてきました。

5.業務基礎スキル診断からわかったこと

小協会設立前に実施していたプロトタイプともいえるスキル診断を2002年から業務基礎スキル診断の前身の業務スキル診断として元データとし、それ以降年間2000件を超すデータを10年以上蓄積してきました。これによりホワイトカラーの生産性にかかわる様々なことが見えてきました。

 1)業務基礎スキルとストレスの強い相関関係

 業務基礎スキル診断のデータから導かれた段級審査と各自のストレスの状態をクロス分析すると強い正の相関関係を確認できました。具体的には段級審査の結果が5級以下の人にストレス過多の方の出現率が異常に高いということです。

 この結果は、大変重要だと思っています。「業務実務スキル」は高くても「業務基礎スキル」が低いと様々な問題を抱えやすいことを示唆しているからです。ワークライフバランスや働き方改革を実施するには注意をしなければならないことを示唆しています。

 2)年々低下する傾向の業務基礎スキル

 またこちらも気になるデータです。時系列で業務基礎スキルの特に個人にかかわりの高い項目を調べると年々スコアが悪化してきています。つまり、これは業務基礎スキルが悪化の一方だということです。

 ヒューマンエラーとして片づけられている様々な事件な業務上のトラブルのかなりの部分が業務基礎スキルの低下に起因している可能性が大です。

 3)業務基礎スキルと企業業績や企業変革の深い関係

 小協会がコンサルティング指導した企業のデータで見ると、社員の業務基礎スキルと企業業績や企業変革には密接な関係があることがわかってきました。

 具体的には、業務基礎スキルの段級審査で5級以下の社員が50%以上存在する組織では、業績向上も企業変革も実現しないということです。つまり、各社員の業務基礎スキルの向上なくして業績向上なし、企業変革なしといえます。

 4)業務基礎スキルと大企業病などの判定

 2014年からは業務基礎スキル診断のデータを活用して、個人と組織の関係を把握する手法を開発しました。

 方法は比較的簡単です。業務基礎スキル診断のデータから各自の段級が明確になります。また15項目、90問のアンケートの中に組織に対する満足度を測定する質問が相当数存在します。それを抽出し、個人のスキル状態と組織に対する満足度のクロス分布をとると、分布のパターンで個人と組織の関係いわば社風のようなものも見えてきました。

 伸びていく組織、ぶら下がり社員の多い組織、個人がつよく組織の体をなしていない組織、このままでは市場から淘汰されそうな組織なども判定できるようになりました。

 経営者の方は必見です。
2016年はこれらのデータをご紹介する経営者セミナーも企画しています。

 6)業務基礎スキルの向上(スキルアップ)と専門知識の深い関係

 小協会では業務基礎スキルの向上を把握するために研修やコンサルティングの終了後に受講者の方々のスキルアップを確認するために段級審査を有料ですが実施しています。

 多くの企業で導入いただいたおかげで豊富なデータがそろい面白いことがわかるようになってきました。

 通常は平均すると2階級程度スキルアップすることになるのですが、中にはその倍の4階級以上(6級の人が2級以上になるなど)のスキルアップなさる方もいらっしゃいます。データ数が増えたおかげである重要な事実を発見することができました。平均以上のスキルアップをなさっているかたの共通点といえるようなものがわかるようになってきました。それは専門知識の高さと深い関係がありました。当初の診断で6級でも専門知識の高い人は短期間に業務基礎スキルが向上できるひとつのあかしとも言えます。つまりはじめにでご紹介した「業務実務スキル」の高い人は当然、専門知識も高いはずです。「業務実スキル」の高い人はそれを自覚しているはずですが、当方の業務基礎スキルの判定で低評価になったとしてもちょっと頑張れば、さらなるパワーアップができるということです。

 逆にこのデータはスキルアップには専門知識の習得は不可欠であることも示唆しています。