ビジネスコミュニケーションを向上させる連載小説 | ||||||||||||||||||||||||
■□■□ 第二部 〜実践編〜 ■□■□ | ||||||||||||||||||||||||
1 自分の意見をまとめる | ||||||||||||||||||||||||
営業課のフロアの一角、窓際のソファでは、課長と部下の課員とがテーブルを挟んで話し込んでいる。2人とも、難しそうな顔をしているのだが―― 「君がしょっちゅう営業に行ってる例のAさんの件だけどね、報告を今日、聞くことになってたよね。契約が取れていないっていうのは知ってるけど、君の考えはどう?」 「一生懸命やっているつもりなんですけどね、なかなか……。もちろん、自分なりに、やれることは全部やっているんですよ。」 そういいながら手帳を取りだし、今までの経緯を確認しながら、説明を始めた。 「2ヶ月もフォローして、もう6回も会ってるし、商品の説明は詳しく話しているつもりだし。でも、いつもあんまり時間がとれなくて。それも、しようがないんですよね。Aさんも忙しい人ですからね…。そうかといって、Bさんに紹介された人ですからね、顔をたてるためにも、ほっとくわけにもいかないし。契約してくれたら、いいお得意さんになると思うんですよね。それにAさんも僕の話は耳を傾けてくれてるし。ただ、なかなか予定が」 「ちょっと待った」 あわてて課長が課員を制した。 「君ねぇ、そうズラズラと言葉を並べないで、もっと整理して話してくれないかなあ。何言ってんだかわかんないよ。君はAさんの件について、どう思ってるの」 「見込みはあると思うんですが、でもなかなかじっくり話ができなくて、僕もいつもそれが気になってて…」 「だから一言でいえばどうなんだ!」 もう一度、課員を制した課長も、今度はやや声が大きくなってきた。 「どうって、その〜、忙しくて、なかなか会えないっていうか……、でも都合をつけて会ってくれるし、だから買ってくれるつもりはあると思うんですが、まあそれも確かではないけど、でも意欲がなかったら、会ってくれないでしょうし。う〜ん、一言で言えばっていっても」 「それじゃあ、契約につながるポイントは何?」 「ポイントは…、やっぱりフォローを続けて、商品の説明をして…」 「じゃあ、いつごろ契約できる?」 「今まで、2ヶ月もフォローしてきたから、あと1ヶ月…、いや3ヶ月かもしれないですけど」 「君ねえ、一度頭の中を整理してみたらどうだい」 「整理、ですか」 「そう、整理だよ。まず君の脳みそを解剖してみようか。紙とペンをだして」 「はあ……」 何のことかわからん、という顔で課員が紙を広げると、その中央に課長は"見込み客Aさん"というキーワードをひとつ、書き込んだ。 「さて、このキーワードをみて、真っ先に連想する言葉は何だ」 「多忙、ですかね」 今度は、多忙というキーワードが書き込まれた。 「それじゃあ,"多忙"というキーワードから連想する言葉は?」 「なかなか詰まらない、ですね」 しばらく2人でそんなやり取りを繰り返し、やがて紙一面にキーワードが書き込まれたところで、ようやく課長が説明を始めた。 「これはブレイン・マップといってね、まぁいってみれば君の脳みその解剖図だよ。今、君の頭の中には、こういったキーワードが氾濫していて、それが整理されていない状態なんだ。整理されていないから、ただ闇雲にキーワードを引っ張り出してくるだけで、筋道の通った話がちっともできていない。わかるかい」 「なるほど、なるほど」 「じゃあ次に、このキーワードを整理してみろよ」 「どうするんですか」 「"多忙"とか、"なかなか詰まらない""十分話せない"というのは、全部同じような意味合いだろう。これをなかなか会えないというキーワードで代表するんだ。で、いらないキーワードを消してしまう。これだけでも随分すっきりするだろう」 「そうですね。それなら、"感触つかめず"とか"動機不明"なんていうのは、"購入意欲不明"ということで…」 話がすっかり飲み込めた課員が自分で整理していくのを、課長は満足そうに眺めているだけ―― 「課長、どうやら4つのキーワードに整理できましたよ」 「で、君はそれをみて、どう思うんだ。一言でいってみろよ」 「そうですねぇ。そろそろ結論を出したいなっていうことですね」 「できたじゃないか。それだよ、それ。そろそろ結論を出したい、それが君の考えだよ」 明るい顔でうなずく課員に向かって、課長が続けていった。 「さぁ、最初からやりなおそうじゃないか。Aさんの件について、一言でいえば、君の考えはどうだい」 「一言でいって、そろそろ結論を出したいと思っています。それというのも…」
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2 主観と客観を整理する | ||||||||||||||||||||||||
「課長!」 営業課のデスクが並ぶ中から、ひとりの課員が素っ頓狂な声をあげて立ち上がった。 「A代理店からの電話なんですが、商品Bの購入者からクレームがあったそうなんです」 そう話しながら課長に近づいてきた課員は、課長の机の傍らに立ちながら、報告を始めた。 「購入者のCさんという人がエライ剣幕で電話をかけてきたそうです。何でも、商品Bに根本的な欠陥があるらしくて、訴えるとか言ってるそうです。そうなれば損害賠償なんていう話になるかもしれません。根本的な欠陥なら、代理店の問題ではなくて、ウチの問題ですね。代理店にフォローさせるんじゃなくて、やっぱり私がCさんという人に電話をしてみましょうか。それとも課長から電話をかけていただいた方がいいでしょうか。どうしましょう」 「まあ、落ち着いて」 課長は側の椅子に座るよう、仕草で課員に示してから、尋ねた。 「らしいとか、かもしれないという報告じゃあ、仕事にならんよ。根本的な欠陥があるらしいというのは、どういうことなんだ。商品Bがまったく動かないということかい?それとも、動くけど、ちっともいうことを聞いてくれないということ?そのお客さんの使い方が悪いんじゃないの?どうなの」 「いや、それは…」 「根本的な欠陥だといったのは誰?代理店なの?それともお客さんなの?」 「お客さんがそういってるんだと思うんですが」 「思うって、それじゃあ困るよ。いったい、事実は何なの。根本的な欠陥なのか、不良品なのか、お客さんの勘違いなのか、それがわからなければ、対応のしようがないじゃないか」 「ええ、まあ」 「で、代理店の誰が連絡してきたの」 「A子さんです」 「代理店の誰が、どういう対応をしたの」 「対応したのはA子さんらしいけど。彼女、慌ててたから、きちんとした対応をしていないんじゃないかと思います」 「それは君も同じだよ。らしいとか、だと思うというのは君の主観だろ。まず客観的な事実を調べて、それをハッキリさせてくれよ。その事実にもとづいたうえで、君の意見を聞かせてくれ。事実を知らなければ、君だって何の対応もとれないだろう」 「わかりました。それじゃあ、早速」 急いで机に戻って行く課員の後ろ姿を見ながら、ため息のひとつも、もらしているような課長の様子だ。しかし10分後――。 さきほどまで電話で何やら話し込んでいた例の課員が、必要な情報を聞き込んできたとみえて、課長に笑顔を向けてきた。 「課長、事情が把握できました」 「それで、代理店はどうクレームに対応したの」 「対応したのはA子さんです。彼女は入社したばかりの新人で、商品Bについての知識はまったくないんですよ。だから、お客さんの話を聞いても、商品に欠陥があるのか、使い方が悪いのか、わからないそうです。たまたま担当者が全員、外出中で、それで困ってウチに連絡してきたというわけです。とりあえずお客さんには、担当者に連絡させると伝えたということです」 「お客さんはどうして怒ったんだ」 「A子さんに商品Bについて尋ねても答えられないし、答えられる社員もいないっていわれて、怒りだしたそうです」 「そりゃあ、そうだろう。ところで君、さっきとは違って、随分と落ち着いてるね」 「ええ。事実がわかれば、対応策も自然と浮かんできますからね」 「君はどうするつもり?」 「A子さんの話だけでは、クレームの原因を把握できません。通常なら、まず代理店の担当者からお客さんに連絡をとってもらって、欠陥なのか、不良なのか、使い方の問題なのか、原因を判断してもらうのが、まぁ筋道なんですが」 「お客さんは怒ってるんだろう」 「ええ。それを考えると、とにかく早いほうがいいでしょう。代理店のほうでは、すぐには担当者に連絡がつかないといってますから、ここは私の方ですぐにお客さんにコンタクトをとって、話を聞いてみます。代理店には、あとで事情を説明しときます」 「うん、いいお返事だ」 課長も、先程までとは大違いに、機嫌よくなった。 「現時点では、それが最良の対応策だと思うね。なあ君、 客観的な事実と、主観的な意見、これが仕事という車の両輪だよ」
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3 時間を短縮する | ||||||||||||||||||||||||
就業時間後の午後6時すぎ、営業課の社員のうち、何人かが参々五々、ミーティングルームへと集まっていた。いち早く席についていたAさんは、黒板に書かれた"お客様は神様です"の文句を、浮かぬ顔で眺めながら、隣に座った社員にブツブツと話し掛けていた。 「QCサークルなんていったって、毎回、毎回、無駄話ばっかりじゃないか。残業代が出るわけでもないしなぁ、疲れるよ。オレは早く帰りたいよ」 「まあ、そう言うなよ。これも付き合いさ」 そう答える隣の社員に,Aさんは不満気な顔を向けて、なおも言い続けた。 「しかしなぁ、このQCサークルは、そもそも営業の効率アップがテーマなんだぜ。効率アップどころか、こんなの時間の無駄遣いでしかないじゃない。だいたいこのサークルの愛称だって、"お客様は神様です"なんてさ、なんだかよくわかんないしさ」 「みんな揃ったようだから、そろそろ始めようか」 議長役の社員の声を合図に、それまでの部屋のあちこちで交わされていた会話が中断した。 「今日の議題は現状分析、問題点の列挙ということですが、いつものように自由討論としましょう」 ようやく始まったQCサークルの会合だが、時間が経つにつれ、Aさんの顔の苛ついた表情が深くなっているようだった。そして 討論の様子も、時間とともにダレてきた。 「結局さぁ、現状分析としては、不景気だったことだよな。以前はさぁ、飛び込みでも結構、契約とれたからね」 「そうだなぁ、一番よかったのは3年前ぐらいかなぁ」 「いや、4〜5年前だろう。あの頃はさあ、新しく商品がでるたびに必ず契約してくれるお得意さんがいたもんなぁ」 「そうそう。パンフレットを持っていって、『どうも』っていうだけで契約とれたりしてね」 「そういえば、あの頃は経費も結構使えたしね」 「ちょっと待ってくれよ」 これまで黙って聞いているだけだったAさんだったが、たまりかねたように口を開いた。 「4〜5年前はどうだったとか、パンフレットだけで契約がとれたとか、今日の議題の現状分析に関係ない話ばかりじゃないか。こんなことばっかりダラダラとやっているから、いつも時間がかかるんだよ。今日はもう、やめようよ。無駄だよ、こんなこと」 「やめるってったって、まだ結論はでてないよ」 「こんなことやってても、結論なんて出るわけないよ。オレはもう帰るよ」 議長役の社員がなだめるのも聞かず、Aさんはすでに帰り支度を始めていた。 「まあ待ちなよ、A君」 ドアの向こうから聞こえた声に反応して、メンバー全員が顔を向けると、ちょうどドアを開けてミーティングルームに入ってくる課長の姿があった。 「A君の言うことももっともだよ。このサークルはいつも時間が長いから様子を見に来たんだけどね、なるほど、なるほど」 うなずきながら、空いた椅子に座った課長は話を続けた。 「長時間の会議というのは、確かに疲れるものだし、あまり得るところがなく終わってしまうもんだ。君たちの話を聞いていると、どうも無駄話が多いようだね。そうだろう、Aくん」 「そうですよ」 「いってみれば、脱線会議だな。話をしているうちに、内容が本来のテーマからどんどんずれていってしまうんだな。そのうち、全然関係ないことを話してるってわけだろう。だからさ、話す内容を、議題、目的に絞ってほしいな。そうすれば時間の短縮にもなる。そういう会議にするにはどうしたらいいのか、どういう工夫が必要なのか。それを今から考えてみようよ。どうだい、議長」 「そうですね、やりましょうか」 こうして課長の提案により、"お客様は神様です"の今日のテーマは「会合の時間短縮のための工夫」に変更され―― そして30分後、ミーティングルームでは、あのAさんが大きな声を張り上げていた。 「これだよ、これ。この3ヶ条をしっかりやっていれば、内容のある会合にもなるし、時間短縮もできるさ。つまり能率アップというわけだ」 そう言いながらAさんが指した先には、黒板にその3ヶ条が書いてあった。 「ねぇ、課長」 ひとつ、ふたつ頷いて課長は立ち上がり、メンバーを見渡していった。 「結論もでたことだし、そろそろ帰ろうか。次回のサークルが楽しみだな」 「お疲れ様」 一同、そろって声を上げた。
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4 全員参加を実現する | ||||||||||||||||||||||||
「……というわけで、残念ながらこの1週間にとれた契約は1件もないんですが、しかし新規の契約がとれそうな見込み客が5件できましたので、引き続きフォローします。以上で報告は終わりです」 「契約がとれないというのは、しようがないよな。でも、見込み客が5件できたというのは、なかなかやるじゃない」 「次は私から報告します。この1週間の成績としては、新規契約が1件で、他に…」 次々と課員が積極的に報告していく様子を見ながら、営業1課のA課長は、つい笑みがこぼれてくるのを抑えることができないようだ。それというのも、これまで営業1課の毎週1回の定例報告会は、今日のように全員が積極的に発言していたわけではなく、むしろ義務として嫌々ながらも参加していたのが実情だった。それが変わるきっかけとなったのが、3週間前の報告会だった。そのときの情景は、今でも課長の記憶に鮮明に残っていた。 「今週は全然ダメでした。契約は1件もナシです。以上で終わります」 「それで終わりなのか。今までのお得意さんから契約がとれないなら、新しい顧客を探せばいいじゃないか。飛び込みで営業するとか、とりあえず電話してみるとかさ。新規のお客さんといくつアポイントメントをとったんだ。いってみろよ」 課で一番若い社員の報告が終わると、先輩格らしい社員が叱責するようにいった。 「3件です」 「それがお前のダメなところなんだよ。なんでもっとやらないんだ」 「それにさ、オレが契約先から紹介された見込み客をお前に教えてやったじゃないか」 別の社員が口を挟んだ。 「ちゃんとコンタクトはとったのか」 「ええ。一応」 「それで、いつ会うことになったんだ。何ならオレも一緒に行くよ。いつだ」 「いや、それはまだ…」 「 コンタクトなんて取ってないんだろう。だからダメなんだよ。だいたいお前はいつも」 「もうやめてよ」 営業1課でただひとりの女性が、話を遮るように声をあげた。 「いつもこんな会議ばっかりで、もういやです。これじゃあ吊るし上げ会議よ。だいたいあなただって、報告する内容はいつも同じだし、意見を求められても何も言わないで、うつむいてるだけじゃない。課長、こんな会議はもう嫌です。何とかしてください」 そこまでいうと、この社員は座り込んでしまい、報告会はここで中断してしまった。 課員全員がうつむいてしまった中で、やや間があって、ようやく課長が口を開いた。 「オレもうかつだったよ。どうもこの課はチームワークが良くないとは思ってたんだが。 これじゃあ、課で一体となって仕事をするとか、課全体で実績を上げるとか、とうてい望めないな。みんなでやろうよ、という意識がないんだな」 「別にチームワークが良くなくったって、営業はできますよ」 「おい、おい。会議だって重要な仕事の一つだぞ。チームワークが悪けりゃあ、会議も満足にできないじゃないか。会議というのは、複数の人間でいっしょに取り組む仕事だからな」 「複数の人間が一緒にやるっていうことは、やっぱり全員が気分良く、積極的に参加しないと、いい仕事はできないし…」 さきほどの女性社員がそういうと、ほかの社員が続けた。 「そりゃ、そうだよな」 「でも会議には全員参加しているぜ」 「参加はしているけど、全員が自分の意見なり、考えなりを発言しているわけでもないよ。型通りの報告をして終わりとか」 「でもなぁ、報告するだけでも、けっこう時間がかかるんだぜ。これ以上、定例の報告会に時間が取られるっていうのもなぁ…」 ここでまた全員、うつむいて、考え込んでしまった。しばらくその様子を見ていた課長だったが、 「よし、こうしよう」 そういって立ち上がった。 「みんなに感想文を書いてもらおう」 「感想文、ですか」 いぶかしげにたずねる社員にうなづきながら、続けた。 「そう、感想文だよ。報告会の終わりに、全員に感想文を書いてもらうんだ。そうすれば、全員が参加して、全員が発言したことになるだろう。つまりさ、会議ではいつも全員が発言するという習慣がつけば、みんなで一緒に仕事をしているという気持ちにもなれるだろう。みんなでやろうよっていう気持ちにさ。そうなればチームワークも良くなるさ」 「でも、感想文っていわれても…。何を書けばいいんですか」 「何でもいいよ。会議に参加して、そこで思ったことを何でもいいから。まぁとりあえず、しばらく続けてやってみようよ。それで結果が良くなれば、それはそれで…・」 「課長」 3週間前の報告会のことを思い出していた課長は、呼びかけられて我に帰った。 「全員、報告が終わりましたけど」 「いやぁ、すまん。ちょっと考え事をしていたもんだから。それじゃあみんな、いつものように感想文を書いてくれ。書き終わった者はそれぞれの仕事に戻ってくれよ」
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5 意見衝突を調整する | ||||||||||||||||||||||||
「キャンペーンのコンセプトは"原点に帰ろう"というのはどうでしょう。世の中、バブル、バブルで浮かれた結果が、今の不景気ですから、自分の足元を見つめてみるっていうか、足場を固めて、しっかりした会社だということをアピールするわけです」 今、この会議室では営業1課と2課との合同で、春の販促キャンペーンの企画会議が開かれていた。1課の社員が意見を述べた後、2課の社員が発言を求めた。 「原点に帰ろうなんて、後ろ向きのことを言っていたんじゃ、今の世の中の変化についていけないよ。やっぱり時代の先端を見ないと。僕は今流行のCS、つまり顧客満足をコンセプトにしたらどうかと思うんですが」 この意見に1課の社員が応じた。 「僕の言っていることは後ろ向きなんかじゃないよ。それより、顧客満足ってことは、お客さんの喜ぶことは何でもやるってこと?それって言いなりになるってことでしょう。ウチの会社の主体性とか、訴求ポイントは何なのかとか、そういうことはいらないってわけ?それに流行だからやるっていうのもねぇ。安易だよ」 そう言われて、今度は2課の社員がやや気色ばんだ顔で言い返した。 「誰も言いなりになるなんて言ってないだろう。それに、君のいう訴求ポイントっていうのが原点に帰ろうということなの。そういうのって訴求ポイントっていうのかい。まさか、復古趣味とやらで、大昔の商品を作ろうっていうんじゃないだろうね」 「営業にはね、お客さんに仕掛ける部分というのが大事なんだよ。お客さんの言いなりになってるだけじゃダメなんだ」 「言いなりになるんじゃないっていってるだろう。それに"原点に帰ろうなんて、それでお客さんに何を仕掛けるっていうんだ。お客さんが何を欲しがっているのか、そんなことは関係ないっていうんだな」 「そうじゃないだろう。僕が言ってるのは」 「そこまで!もうやめたまえ」 大声で2人を制したのは、キャンペーンの責任者である、営業部の望月部長だった。 「君たち、いったい何を言い合ってるんだ。ここは意見を言う場ではあるけど、ケンカをするところではないぞ」 「いや、僕は自分の意見をいっただけで」 「君たちのやっているのは、意見のやりとりじゃない。単なる、感情的な揚げ足取りだよ」 「いや、しかし…」 「しかし、じゃない。君たち、きちんと論点を把握してないじゃないか。論点はいったい何だ?それをはっきりさせようじゃないか。まずA君」 そういって1課の社員に向かって言った。 「原点に帰るっていうのは、どういう意味なんだ」 「そうですねぇ…。バブルのころは、おもしろそうなものっていうか、目新しいものを作ると、消費者のほうでも、必ずしも欲しいのも、必要なものでなくても、結構買ってくれたわけですね。お金が余ってたから。今はそういう時期じゃないし、目新しいだけじゃ売れないですよね」 「それで?」 「やっぱり、消費者のニーズにあったものを作る、あるいはニーズを先取りするというのが本来の姿だと思うんですよ。そういう本来の姿に戻るということで」 「つまり、消費者が望む商品、あるいは望むことになるだろう商品を作るということだね」 「ええ、まぁ」 「それじゃ、B君」 今度は2課の社員にたずねた。 「顧客満足というのは?」 「そりゃあ、お客さんがウチの商品を買って、ほんとに満足してもらえるような商品を作るということで…」 「つまり、消費者がほんとに欲しいと思う商品を、ということだろう」 「ええ…」 「それなら君たち2人とも、同じ意見だってことになるじゃないか」 「そうですね」 「ただ、言葉でどう表現するかという点が違うだけだろう」 「そうなりますね」 2人、顔を見合わせてうなずいた。 「どうやら不毛な討論だったということだな。いいかい、君たち。意見の衝突というのは大いに結構なことだよ。それによって会議も進行するんだ。でもな、意見の衝突には2つあるんだよ。ひとつは、ほんとうの意味での意見の衝突で、もうひとつはウソの意見衝突だな。言ってみれば、感情的な、揚げ足取りだ。お客さんの言いなりになるとか、後ろ向きの考えだとか、これは揚げ足取りだな。お互い、論点のはずれたところで言い合っててもしようがないだろう。まとまるものも、まとまらなくなってしまうぞ。逆に、論点は何かっていうことをしっかり把握して議論すれば、結構まとまるものなんだ。そうだろう」 「確かに、その通りです」 2人の社員も納得顔でうなずいた。 「それじゃあ意見も一致したことだし、そろそろコンセプトをまとめようじゃないか」
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6 行動計画をたてる | ||||||||||||||||||||||||
「ウチの課の意見をまとめると、商品Aの展示にもっとも広くスペースをさいてほしいということです。なにしろ、ウチの会社の主力商品ですし、今回の春のキャンペーンの展示会でも、積極的にアピールすることで、さらに売上増につながるでしょう」 「いくら商品Aが君の課の扱いだからって、それはちょっと露骨じゃないか。むしろ将来のことを考えれば、ウチの商品Bの邦画、2〜3年後を見越した商品なんだから、より強くアピールするべきじゃないか」 「しかしねぇ、売上増を狙って商品展示会を開くんだから、やっぱり一番の売れ筋商品に力を入れるべきだよ」 「いやいや、売上増というのなら、もうひとつ伸びていない商品をアピールする方が、全体としての伸びにつながるんじゃないか」 「それをいうなら、商品Aとか、商品Bとかに限らず、どの商品も満遍なく展示するべきだろう」 「単に今売れてるかどうかいうことより、先のことも考えたほうがいいんじゃない」 「売れてナンボだからねえ」 「まあ、まあ。ちょっと待ってくれよ」 そういって、会議の参加者を制したのは、議長役を努めている営業1課の課長だった。 「みんな自分の課の利益を代表して発言しているだけじゃあ、この会議まとまらないよ。なぜ展示会をやるのかっていう目的が、どうもみんなのなかではっきりしていないようだな。だから、それぞれの課の利益だけしか頭にないんじゃないか」 「しかし課長」 1人の社員が答えた。 「展示会をやるのは先日のキャンペーン企画会議で決まったことで、なぜやるかっていえば、販促のためでしょう。つまり売上増のためってわけですよね」 「確かにそうだ。しかしね、それだけじゃあダメなんだ。先日の会議は、売上増のためには何をやるかというのがテーマだった。今日の会議は、展示会をどう実施したらいいのか、そのため準備として何をやったらいいのか、そのトウ・ドウ・リストを作って、各自に役割分担することだ。いってみれば、実際に行動を起こすための会議だ。そうだろう?」 「そうですね」 「実際に行動を開始するには、展示会をやる目的は何かっていうことを、より深く、より掘り下げて認識しないとダメだってことさ」 「はあ…」 「そこでだ。なぜやるかを考える前に、まず現状を把握することから始めようか」 「現状把握ですか?しかしそれは、もう各課で十分に」 「まあ、いいから」 社員が発言しようとするのを遮って、課長が続けた。 「これから各商品の長所と短所、それに各課の長所と短所を、それぞれ全員に述べてもらおう」、「それでどうなるっていうんですか?」 「将来のイメージ、共通のビジョンを作るんだ」 社員たちは一様に、何がなんだかわからん、という顔つきだが、課長はかまわず1人の社員をうながした。 「じゃあA君から」 「ええと、じゃあ私の方では、まず商品Aの長所としては――」 ともかくも、課長の指示どおりに会議は進行した。そして、全員の発言が終わったところで、再び課長が指示をした。 「それじゃあ今度は、みんなが考える将来像というのを発表してくれ。展示会が終わった段階で、自分の課がこうなっていてほしいとか、こう変わってほしいという、将来ビジョンを。方向性としては、長所をより伸ばすのか、短所を改善するのか、この2つが考えられるな」 「それを発表してどうするんですか?」 「だからさ、我々の共通の将来ビジョンを作るんだ。つまりね、共通のビジョンができれば、そのビジョンを実現するためには、展示会をどう実施したらいいのか、議論ができるだろう」 そういわれて、社員たちはしばらく考え込んでいたが、やがて1人の社員が声を挙げた。 「なるほど!いきなり展示会をどうするかを考えるんじゃなくて、その先のこと、展示会をやることで現状をどう変えるかを、まず考えるわけですね。それがつまり展示会をやる目的で、それが決まれば、展示会をどういうものにするかも決まってくるわけだ」 「しかも、全員が共通の目的をもてる」 「だから各課の利害の対立なんてこともなくなる」 社員が次々と声を挙げるのを見て、課長も満足だ。 「利害の対立がなくなれば、もちろん意見がまとまるのも早くなる。意見がまとまれば、あとは準備のために何をするのかを決めるだけ。そうだろう。じゃあ、またA君から始めてくれ」 再開された会議は、その後は滞りなく進み、さらに共通のビジョンが作成されたのちは、会議のテーマであった、準備項目の決定がとんとん拍子ではかどったのだった。 「展示会に向けての行動計画もできたことだし、最後に全員に役割分担して、それぞれの準備項目の担当者を決めて、いよいよこの会議も終了だ。案外早く終わりそうじゃないか。最初はどうなることかと思ったけどな」
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7 チーム員と打ち合わせする | ||||||||||||||||||||||||
「お客さんとの商談が4回で、見積の作成が3件でした。以上で、先週の営業の報告は終わりです」 「これで全員の報告は終わったな。それじゃ、何か質問や意見、あるいは何か気づいたことがあったらいってくれ」営業課の係長が、部下の社員に向かってたずねたが、5人の部下のうち、誰ひとり発言を求める社員はいない。 「なんだ、今日も誰もいないのか。毎週1回、このチームの定例報告会を開いているけど、ここ何ヶ月は、みんなから質問とか意見とか、でたためしがないな」 「質問といっても…」 部下の中で1番年上の社員が何か言いかけたが、途中でやめてしまった。 「何だい、A君。かまわないから、言ってみろよ」 「いや、その〜。何かないかって言われても、自分より商談の回数は一回多いなとか、まあその程度のことしか…」 「他の人はどう?全員の報告を聞いて、何か思ったことはない」 部下の5人は、みな押し黙っているだけだ。 「B君」 「はい」 呼ばれた社員は、驚いたように係長のほうを向いた。 「君は、例えば隣に座っているC君に、何か質問とかはないの?」 「いえ〜、別に」 「じゃあ、C君はD君に何かない?」 「いえ、特に何も」 「う〜ん、困ったなあ」 そう言って、係長は腕組をしながら、何か考えてる様子だったが、突然思いついたように、1番年上の社員にたずねた。 「そういえばA君。今日、B君あてのお客さんから電話に君がでていたね」 「はい」 「B君がいないとわからない、なんて言ってたけど、あの電話は何だったの?」 「E社からの電話で、ウチとの新規契約の件です。先週こちらから見積をだしているそうですが、ちょっと聞きたいことがあるということで…」 「それで、B君じゃないとわからないと答えたんだね」 「ええ。B君がどんなお客さんと、どんな話をしているのか、私はちっとも知りませんから。商品についての一般的なことなら私が答えますけど、個別の案件となると…」 「隣は何をする人か、全然わからんというわけだね。他のひとはどう?隣の人が今、何をやっているのか、ちゃんとわかっている?B君は、C君が今何をやっているか知ってる」 「まあ、自分と同じようなことをやっているんだろうとは思いますけど、どんなお客さんにアプローチしてて、どんな話をして、どこまで話が進んでるとか、そこまでは知りませんが」 「まさか、ウチのチームが今、何をやってるかよくわからん、なんてことを言う人はいないだろう?」 5人とも、返事をせずに黙っているのを見て、苦笑を浮かべながら、係長はため息をひとつ、ついた。 「それさえもよくわからん、というわけか。これじゃあ、質問も意見もでないよな」 「係長」 先輩格の社員が手を挙げて発言を求めた。 「ウチのチームというのは、どうもチームで共通の目標というか、決定事項というか、そういうものがないように思うんですが。だから、チームなんだという意識が希薄で、お互い何をやってるかもわからないんだと思うんですよ。それがわからないから、定例の報告会で質問も意見も、何もでない」 「うん。それだよ、A君。なかなかいいことを言うねえ。メンバーがお互いに何をやっているのかわからない。だから、チームが今、何を目標に、どう動いているのかもわからない。そういうことだな」ここで係長は一呼吸おいて、部下の顔を見渡してから続けた。 「ということは、誰が今、何をやってるのか、メンバー同士でわかりあえるようにすればいいわけだ。そうだろう」 「でも、どうやって」 「もちろん、この定例報告会を利用するんだよ」 「報告会をいくらやっても、わかりあえるようにはなりませんよ」 「工夫すればいいのさ。これから定例会では、前の週の営業結果なんて、報告しなくていい。そのかわり、今後1週間で自分は何をやろうと思っているのか、それを報告してくれ。各メンバーの1週間の行動計画を発表する場にするわけだ」 「なるほどね。そうなれば、隣は何をする人か、見えてくるわけですね。お客さんからの問い合わせなんかも、担当者ではなくても応対できるようになるし」 「しかも、それだけじゃない」 係長はなおも続けた。 「チームとしての、共通の行動計画も、この定例会で作ってしまおう。チームの週行動計画表みたいなものを、この場で作って、みんなで共通のものとして持ち帰る。そういう定例会にしてみようよ」 「いいですね。ぜひやりましょう」 5人の部下が一様にうなずくのを見て、今度は係長も笑顔を浮かべていた。
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8 業際分野の意思決定をする | ||||||||||||||||||||||||
営業課のフロアの一角にあるミーティングルームで、営業課のA課長と開発課のB課長とが、テーブルを挟んでお互いの顔を見合ったまま、黙り込んでいます。A課長が何か言いだそうとした、ちょうどそのとき、望月営業部長がドアを開けて入ってきました。 「君たち二人、いったい何をしてるんだい。営業と開発とで、課長同士がケンカをしているって、外で社員たちが心配してるぞ。A課長、どうしたんだ」 「先日の販促会議で、売り上げが落ちている現状をなんとか打開しようということで、話し合ったでしょう。それで、新商品の開発に際しては、営業と開発とで情報交換をやれば、売れる商品も作れるんじゃないかってことになりましたよね。それで今、どうやって情報交換を進めていくか、B課長と話し合ってるんですが」 「それでどうしてケンカになるんだい」 今度は開発のB課長が答えます。 「ウチのほうとしては、既存の商品に対してお客さんがどんな感想をもっているかとか、お客さんのニーズは何かとか、そういう顧客情報がないし、その点、いつもお客さんと接している営業は情報をもってるだろうから、それを出してくれと言ってるんですが」 これを聞いて、すかさずA課長が言い返します。 「それは開発部門として、責任放棄になるんじゃないか。オレたちは売るのが本業で、作るのはそっちなんだから。イベントもやって、販促もやってるのに売れ行きが伸びないのは、商品に問題があるってことでしょう。お客さんに気に入ってもらえる商品を作るということを、まず考えてよ」 「だから、お客さんに気に入ってもらえる商品を作るためには、お客さんと接している営業から、どういう商品が望まれているのか、そういう情報がウチにはないって言ってるでしょう。商品力があるかどうか、何が問題なのか、それを営業からだしてくれよ」 「どういう商品が売れるのかを考えるのも、オタクたちの仕事でしょうが」 「わかった、わかった」 ようやく望月部長が2人の言い争いを止めに入りました。 「両方の言い分はよくわかった。ところで、お客さんのハートにヒットする商品を世に出したいし、そのためには情報収集なり、分析が必要だという点では、意見は一致してるんだろう」 「もちろん」 「当然、そうなるでしょう」 「それなら、この問題も解決できるよ。確かに情報の分析というのは、営業がやるのか、開発がやるのか、それぞれの責任、権限がクロスオーバーする部分だから、お互いに責任のなすり付け合いになるんだよな。だからこそ、こうやって相談しなきゃいけないわけだ。そうだろう、A課長」 「まあ、そういうことになりますが」 「本音を言えば、双方ともこれ以上は負担を増やしたくないということだろう。でもな、開発課にはできないことを"やれっ"て言うのも無茶だし、かといって営業にだけ負担を押し付けるのも無責任な話だよ。そっちでやってくれという発想でなく、こっちでできることは何だという発想でやればいいじゃないか。責任をどちらかに押し付けるんじゃなくて、双方で責任をとるようにしたらどうだい」 「というと?」 「お互いにまず、自分たちのできることはなんだ、得意分野は何か、それを考えてくれ。それに応じて役割分担をして、双方が責任をもって、それぞれの役割を果たす。それでいいじゃないか。それじゃ、あとは任せたよ」 「ちょっと待ってくださいよ」 ミーティングルームから出ていこうとする望月部長を、A課長があわてて止めようとします。 「開発と営業との間で効果的なコミュニケーションができるような、そういう仕組みを考えてくれよ。この件に関しては、営業側のすべての権限は君にあると思って、好きにやってくれ。それじゃあ」 そう言って、望月部長は出ていきました。 あとに残された2人の課長は、またテーブルを挟んで座り直しーー それから30分ほどのち、A課長はミーティングルームからでてくるなり早速、望月部長のデスクへと近づいてきます。 「部長、終わりましたよ」 「その顔から察するところ、うまくまとまったようだね。で、どうなった?」 「部長のおっしゃるとおり、お互いにできることを分担しようということで決まりました。営業のほうでは、ウチがもっている顧客データを定期的に分析し、その資料を開発に渡すことにしました」 「開発のほうは?」 「ウチの資料をもとに商品コンセプトを作ること。また、商品化へと進む前に、必ずウチに対してコンセプトのプレゼンをして、合意を得ること。以上です」 「ご苦労さん」
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9 進捗確認をする | ||||||||||||||||||||||||
「顧客管理と一口で言っても、単に顧客の氏名や住所を管理するだけでは、たいして役にはたたんよ。せっかくコンピュータを使って、新しい顧客管理システムを作るんだから、例えばウチの営業マンがどのお客さんに、どんなふうにアプローチしてきたのか、そういったデータも管理する必要があるな」 営業課長の話は、かれこれ15分も続いていますが、その間、聞き役の課員達はといえば、時々うなずいたり、「そうですね」とあいづちをうつだけで、意見を述べる者はひとりもいません。 「コンピュータで一元管理することで、例えばどの地域にウチのお客さんが多いのか、あるいはどれくらいの予算のお客さんが多いのか、そういったデータも簡単にでてくるし、販促にも利用できるというわけだ」 「課長」 これまでずっと聞き役に回っていた課員たちですが、課長の話が一段落したところで、初めてひとりが発言しました。 「それで、管理項目はどうしますか?」 「それは、これから君たちの意見を聞いてから決めるんだよ。このプロジェクトがスタートしてから1ヵ月だから、いろいろと調べたこともあるだろう?」 「いえ、別に……」 「別にって、どういうこと。意見とか、何かないの」 「いや〜、特に何も……」 「何もないって?それじゃあ君は、この1ヵ月、何してたの?」 「それは、毎回このプロジェクト会議に参加して、課長の話を聞いて、なるほどと……」 「それだけ?」 「ええ」 「他の者はどう? この1ヵ月で、例えば他社の顧客管理システムがどうなってるのか調べるとか、専門書を買って勉強するとか、ウチの社の現状を調べるとか、何かやってるんだろう?」 課長がそうたずねても、答える者は誰もいません。 「おい、おい。それじゃあ君たちは、このプロジェクトに関しては、何の仕事もやってないってことじゃないか」 「課長。そうは言いますけど……」 ひとりの社員が何か言いかけましたが、途中でやめてしまいました。 「何だい?いいから言ってみろよ」 「この会議も今日で4回目ですけど、いつも課長の演説を聞くだけの会議でしたから」 「そう、そう。まるで課長の独演会ですよ。もっとも、課長のウンチクの深さには我々はかなわないわけですし、課長の話を聞くのは有益なんですけど……。いっそのこと、課長がすべて独断で決定してくれませんか。なまじ我々の意見を聞くよりはいいかも……」 「そうですよ、課長。実のところ、何か調べるっていっても、これだけ大きなテーマになると、何から手をつけていいのかわからなくて。日常の営業も忙しくて、それでついつい、プロジェクトの仕事は会議に参加するだけっていうことに」 「この先、プロジェクトがどうなるか、いつ終わるのかも見えない状況ですからね。どうせ今まで課長のワンマン会議だったんですから、ここは課長がパッと決めちゃえば、それでこのプロジェクトも進んだことになるし、我々には本業もあることだし」 「こりゃあ、困ったなあ」 そう課長がつぶやいた、ちょうどそのとき、会議室に望月部長が入ってきました。 「部長、どうしてここに」 「このプロジェクトの報告がいっこうに入ってこないから心配になってね。ところで、困ったなって、どういうこと?」 「実は、ここにいるメンバーがーー」 ひととおり課長から事情を聴くと、部長はひとつ、ふたつうなずいて、こう答えました。 「課長の話を聞いて終わり、という会議は問題があるな」 「やっぱり課長のワンマンというのが」 そう言いかけたメンバーを部長が制しました。 「ワンマン会議というのは、必ずしも悪くない。やり方さえ工夫すればね。メンバーが調査結果を報告したり、意見を発表する体制を作ればいいんだ。そのうえで、意見の取りまとめや、プロジェクトの方向づけは課長がやればいい。それはワンマンでも、独断でもいいんだよ。課長には、それだけの知識もウンチクもあるんだから。ただし、メンバーが満足に報告するなり、意見を発表するには、仕事をしなくちゃな。君たちがやらなきゃ、このプロジェクトはちっとも進まないよ」 そう言われて、メンバー一同、うつむいてしまいました。 「こういう大きなプロジェクトを進めるときには、毎日、少しずつでもいいから、根気よくコツコツと作業を進めていくっていうことが、なにより大事なことなんだ。数回の会議だけで終了するような仕事じゃないんだから。そういう仕事の進め方ができるように工夫したらどうだい。課長、あとは任せたよ」 そう言って、望月部長は座をあとにしました。残されたメンバーはみな、課長を見つめています。 「実は、ひとつ考えてることがあるんだが」 課長はそう言うと、一呼吸おいて、メンバーの顔を見渡しました。 「次回から、この会議の主要議題は『今どうなってるの?』ということにしよう。いってみれば、進捗状況の確認だな。そのために、みんなには毎回、行動履歴を報告してもらうことにしよう」 「行動履歴?」 「つまり、このプロジェクトのために、この日は何時間費やしたか、どこへ調査に行ったか、どんな作業にあてたのか、その毎日の記録を、1週間ごとに、この会議で報告してもらうんだ。そうすれば、この1週間の、みんなの仕事の進捗状況を把握できるだろう」 「逆に言えば、行動履歴を報告する以上は、我々も毎日、何かしらの仕事をして、このプロジェクトを進めなければいけなくなる、というわけですね」 「報告書が白紙だったら恥ずかしいからなあ」 「そういうわけだ」 課長は、「シメシメ」とでもいいたそうな表情を浮かべていました。
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10 「さあ、大変」に対処する | ||||||||||||||||||||||||
「課長、大変です」 営業課の社員のひとりが慌てた様子で、課長のデスクに近寄って来ます。 「取引先のA社が不渡りを出したそうだっていう情報が」 「何だって。つまり倒産っていうことか?」 「そのようです」 2人のやり取りを聞き付けた課員たちが、いっせいに集まって、課長のデスクを取り囲んでしまいました。 「倒産って、どういうことだ」 「それはいつのことだ」 「課長、どうしましょう」 「おい、おい君たち。なんだってここに集まってくるんだ」 「だって課長。ここにいるのは、A社と仕事上で関係のある者ですよ」 「倒産というのは本当なのか?直接の担当者は誰だ?」 「私です」 ひとりの社員がそう答えると、一同の目がいっせいに、当の社員の方へと向きました。 「A君が担当か。この情報は本当なのか?」 「本当かって言われても、私がその情報を聞いてきたわけではないし。確かに、売上は落ちてるっていう話は、A社の方から聞いていますが」 「頼りない返事だな。すぐに電話して確認してみろよ」 課長に言われて、慌ててA君は自分のデスクに駆け戻って行きました。 「ところで、情報の出所はどこだ」 「取引先のB社の仕入れ課長です。さっき電話で話をしていたときに、そう教えてくれたんです。どうも不渡りを出したそうだって」 「もっと詳しく話を聞いてみろよ」 課長のデスクを取り組む人垣からそういう声が上がると、もうひとり社員がデスクへと駆け戻って行きます。 「B社の話を聞いても、たいして役にはたたんだろう。それより、A社からの保証金は押さえてるのかなあ」 「君、経理へ行って、保証金のこととか、売り掛け金がいくらあるのか、すぐに調べてもらってくれ」 課長に命じられて、またひとり社員が駆け出しましたが、入れ違いに先程の社員が戻って来ました。 「課長、ダメです。B社の仕入れ課長も、詳しいことは知らないそうです」 「課長、そんなことはいいから、債権保全の手立てを講じた方がいいんじゃないですか。法務へ応援を頼みますか」 「課長」 そこへ、担当者のA君も戻って来ました。 「ダメです。何回か電話したんですが、誰も出ないんですよ。どうしましょう」 「どうしましょうじゃないよ。お前が担当者なんだから、思い当たることがあるだろう」 「オレを責めないでくださいよ。オレがA社を潰したわけじゃないんですから」 「そんなことより善後策を講じるほうが先だよ。どうしましょう、課長。対応策は?」 「随分と騒がしいじゃないか。いったいどうしたんだ」 たまたま通りかかった開発課の課長が、騒ぎの輪の中をのぞき込むようにして、尋ねました。 「なんだか右往左往している様子じゃないか。何事だい?」 「えっ、いや」 部外者に尋ねられて、ようやく課長は、今まで我を忘れて取り乱していた自分に気づいたようです。 「課長」 またひとり、社員が戻って来ました。 「経理へ行って来たんですが、すぐに確認なんかできないって、怒られましたよ」 「そうか、わかった。ところで、ちょっと今忙しいので」 そういって、開発課長を押しのけると、まわりの社員に呼びかけました。 「A社とかかわりのある者だけ残ってくれ」 2〜3人が人垣から抜けるのを待ってから、課長が目を開きました。 「事実関係がはっきりしない今の状況で、対応策を講じるのは無理な話だ。まず、これから1時間で、事実はどうだ、というのをはっきりさせよう。A君、君はこれからA社に出向いて、担当者から現在の状況を詳しく聞いて来てくれ。それから君は、経理に頼んで、保証金と売り掛け金の確認だ。残りの者も、他社がどういう対応をしているか、情報収集に動いてくれ。そして1時間後に会議室に集合。それから対応策の検討だ。会議のあとは、それぞれの役割に応じて、対応に動いてもらう。みんなこのスケジュールで頼むよ」 こうして一旦は解散して、役割分担を命じられた社員以外は、各自それぞれのデスクへと引き揚げました。そして1時間後、会議室では― 「これで事実関係ははっきりしたな。当面は、A君が窓口となって、A社の動向に絶えず目を配ること。何か変化があったら、すぐに私に連絡してくれ。そのつど、全員集合して会議をやる必要はないだろう。それから、君と君とは、経理、法務と連携して、債権保全の方策を準備して、いつでも実施できるようにしておいてくれ、今のところやるべきことは以上だな」 「課長、我々は?」 役割分担からはずれた社員が尋ねると、課長は落ち着いて答えました。 「今の状況では、多人数で騒ぐほどではない。まあ、A社関連の情報に気を配っている程度でいいだろう」
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11 定例会議をおこなう | ||||||||||||||||||||||||
「みなさんにひとつ提案があります。この部長会を活性化してみよう、という気はありませんか。 毎月第1月曜日に開かれている部長会の席上、望月部長が突然、こんな発言をしたのが事の発端でした。 「活性化するって、どういうこと?」 議長役の専務が尋ねると、望月部長が続けます。 「この会議は、はっきりおってマンネリ化に陥っています。出席されている方々の顔を見ていると、失礼ながら、どうも元気がない。ただただ、午前中の役員かでの決定事項の伝達、そして、前月の各部門の報告をして終わり。それも部下に作らせた数字だけの資料を読み上げて、それでおしまいです。特に何か議論が行われるわけではないし、いけんが交わされるわけもない。はなはだ元気のない会議です。まず、皆さん自身で資料作りをされたらどうですか。人の作った資料だけでは十分説明もできませんよ。」 望月部長のこの発言は、さすがに先輩格の部長連中の機嫌を損ねずには済まなかったというわけです。 「別に部下に作らせた資料だって、何の問題もないだろう。部下から報告を受けて、我々は大所高所から物事を判断すればいいんだよ。それが部長の仕事だ。」 「まあ、君は就任したての部長さんだから、我々よりは元気があるかもしれないねえ。でも、私は今の部長会で何の不満もないよ。」 「敢えて言わせて貰いますが、皆さんの報告を聞いていても、私には皆さんが統括する部門が、今どんな状況にあるのか、ちっともわかりません。つまり、どんな課題を抱えていて、それに対処するために、どんな活動に取り組もうとしているのか、あるいは、どんな方針で仕事を進めているのか、それがわからないんですよ。ひいては、この会社がこの先どうなるのか、大いに不安ですね。」 「いい加減にしたまえ。」 人事部長がお顔を朱に染めて、大声を張り上げたのを合図にしたかのように、居並ぶ部長たちが次々に続きました。 「それじゃ君は、この会議は全く無意味なものだと言うのかね。」 「我々が、これでいいと言っているんだ。新しく部長に昇格したから舞い上がっているんじゃないか。いい気になるなよ。何だその言い方は。」 「君は部長になりたてで、この会議だって数回しか出席していないじゃないか。それで何が分かるっていうんだ。黙って座っていればいいんだよ。」 しかし、望月部長はあくまで黙るつもりはなかったのです。 「我々は年金受給者じゃないんですよ。高級を貰うからには、それなりの仕事をしなくちゃいかんでしょう。この会議のための事前準備だって、部下にやらせたんでしょう。自ら調べて、自分の頭を使って、資料をまとめたわけじゃないでしょう。」 「なんだと。我々を給料泥棒だというのか。貴様は。」 「まあ、まあ。」 あわてて議長役の専務がなだめに入りました。 「そう感情的にならないでくれ。ところで望月君。提案というのは何だい。君はこの部長会をどうしたいんだい。」 「私は、各部門で今、何をテーマに、どんな活動がなされているのか、それを知りたいんです。数字だけ聞いていたんでは、それが分かりませんからね。例えば、営業部では今会議のを面白くするプロジェクトに取り組んでいますが、おそらくみなさんは、詳しく知りますまい。これを紹介する機会があれば、いろいろとみなさんの意見も聞けるし、それを参考にいっそう成果が上がるかもしれない。みなさんの部署でも、我々の取り組みを導入することもできるんじゃないですか。」 「それじゃあ、君は我々が自分の部署で何が問題になっているのかが分かっていないというのかね。我々を無能だと。」 「そうは言っていませんよ。今の部長会では、他の部署でどんな活動が行われているのかが、外からでは分からないと言っているんです。この会議が活性化され、実のある意見交換ができれば、それを参考に各部署もより活性化することができるんじゃないですか。」 「しかし、君ねえ。」 「まあ、ちょっと待ってくれよ。せっかくの提案だからやってみないか。確かにこの定例会議がマンネリの傾向にあるんだから。いい刺激になるかもしれないよ。なんだか面白そうじゃないか。」 「しかし、専務………」 「まあいいから。やってみよう。各部門が今、最も力を入れて取り組んでいることは何か、新しい取り組みはどんなものか。それを来月から発表することにしよう。」 「その準備も、みなさんご自分で。」 すかさず、望月部長が口を挟みました。 「もちろん、そうだ。その報告に対して、質疑応答、意見交換もやるから、みんなちゃんと調べて来てくれよ。まずは、人事部長と商品開発部長がやってくれ。」 「しかし。」 「まあ、いいから、いいから。」 こうして専務が乗り気になったため、その場は何とかおさまりました。これが、前回の部長会での出来事だったのです。 そして、翌月の部長会の日となり―――― 「それじゃあ、まず人事部長の方から始めようか。」 専務に促されて、人事部長が立ち上がりました。 「私の報告を始める前に、まず、望月君に言っておきたいことがある。前回の会議では君の提案に反対したけど、実は今回、この会議で報告するための事前準備を自分でやってみて、良かったと思っているよ。ありがとう。」 「ほう、良かったかい。」 「ええ、専務。というのも、この場でウチの部の状況を報告して、あとで質問を受けたりするわけですから、今までどおりに部下に資料を作らせて済ますわけにはいかないでしょう。自分で事前準備をするために、自分で現場の声を聞いて、自分の目でいろいろ調べてみたんです。ところが、自分で調べてみると思わぬ発見もあるんですよ。それはこれから発表しますが、今までのように単に数字を並べただけの報告ではありません。今まで部下から報告を聞いているだけでは気付かなかった部内の問題点とか、課題とか、よく見えるようになりました。」 「そりゃ、よかったじゃないか。」 「それだけじゃないですね。現場に入るっていうのは、今までの私の仕事とは違うものですし、言ってみれば新しい仕事が増えたっていうことですから、自分自身の毎日の仕事のやり方も変わりましたよ。時間の使い方とか、部下とのコミュニケーションの取り方とか、いろいろと工夫する必要があるんです。それで、いわゆるセルフマネジメントといものの大切さを実感しましたね。」 「そんなに変わるものかね?」 「そりゃ変わりますよ。『おい、報告書を作ってくれ』で済んだものを、自分で手足を使わなければなりませんからね。ただ、椅子に座って指示するだけとは、仕事のやり方も変わりますよ。最初は、部員とのコミュニケーションすらですら戸惑いましたよ。今までは『これやってくれ』だけで済んでたんですから。そこで提案なんですが、セルフマネジメント研修を会社で導入することを検討したらどうでしょう。」
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12 突発の会議を行う | ||||||||||||||||||||||||
「はい……、はい……、ええ、わかりました。なるべく早く、用意します。はい……、失礼します。」 受話器を置くと、課長はため息をひとつ漏らして、営業課のデスクに居並ぶ部下の顔を見渡しました。 「みんな聞いてくれ。これから急遽、会議をやることになった。すぐに会議室に集合してくれ。」 そう言って課長は席を立ち、部下を促すように会議室の方へ歩いて行きます。突然の会議に閉口気味の社員も、仕方なく席を立ちます。 「予定外の会議なんて、この忙しいときにこまるよなあ。」 「なんだっていうんだろう。」 「こんなことなら、とっとと営業に出ちまえばよかったよ。」 居合わせた社員たちが、口々に不平をもらしながらも集まると、課長は早速会議を始めました。「実は、つい先程、社長から要望があってな。大至急、商品aについてのデータを集めなきゃならんのだ。」 「どうしてですか?」 社員のひとりが尋ねます。 「明日、商品aについて、記者取材を受けられるんだそうだ。そこで、早急に商品aのデータを見たい、そのあとでいろいろ質問もしたい、ということだ。今日中に、それもなるべく早く欲しいというのが社長の意向だよ。」 「そうは言っても、商品aの担当はA君ですよ。彼は、今営業に出てるから……」 「それは承知しているよ。」 「どうするんですか。」 「そこで聞くんだが、君たちが今すぐに出せるデータは何がある?」 そう言われて、集まっていた社員たちは、首を傾けながら考え込んでしまいましたが、やがて何人かが答えました。 「まあ、年間の売上は出せますね。今年の売上と見通し、去年との比較、ここ数年の伸び率とか……」 「それから、メイン顧客層とかの簡単なマーケットデータも」 「性能等については、パンフレットがありますね。」 「これまでのトラブルの事例や、お客さんからの評価の声、といったものはどうだい。」 課長が問うと、ひとりの社員が答えます。 「それは、僕らは持っていませんね。A君が戻るのを待つか、あるいは製造部門に誰かが聞きに行くか……」 「課長。やっぱりA君に予定をキャンセルしてもらって、呼び戻したらどうですか。」 「いや、それはマズイよ。大事な予定をキャンセルしたり、我々の本分である営業をおろそかにしてまで、データ集めを優先させるのは社長も望まないだろう。」 「しかし、我々もこの後営業がありますし、そうそう時間は取れないと……」 ひとりの社員がそう言うと、他の何人かもうなずいて答えます。 「わかった。それじゃあ、こうしよう。」 課長はそう言って立ち上がると、さらに続けます。 「君たちの考えていることはわかるよ。ただでさえ外回りで忙しいのに、このうえ突発の会議やら、データ集めで時間を割かれたくない、というのだろう。だから、この会議は短時間で終える。そうだなあ……、あと10分だ。それまでは付き合ってくれ。それならいいだろう。」 一同の承諾を取り付けると、課長はまた会議を進めます。 「このあと2時間、何とか時間を作れる者は?」 ひとりの社員が手を挙げました。 「それじゃあ、1時間だけなら作れる、という者は?」 今度は2人が手を挙げました。 「よし、それじゃあ、君はこれまでのトラブルの焦れを調べてくれ。どういう苦情があって、どう解決したかを調べるんだ。」 最初に手を挙げた社員にそう指示をすると、次に他の社員にも指示を与えます。 「君は、年間売上の推移を、4年前の発売時にまで溯って調べてくれよ。グラフと数字と両方で出してくれよ。それから君は、性能等について、パンフレットの表示にある異常のことを、製造部門でヒアリングして――――― こうして、手を挙げた3人の社員に、次々と役割を分担してしまいました。その作業が終わると、役割を分担された社員が尋ねました。 「結果報告はどうしますか。また集まりますか。」 「いや、その必要はない。各自の作業の進捗確認や、結果の取りまとめといったアンダーフォローは僕が個別にやるから、みんなで集まる必要はない。これなら会議のために余分な時間をかけることもないし、みんなの貴重な時間を費やさずに対処できるだろう。」 「それじゃあ、A君は?」 社員が聞くと、課長は答えました。 「彼には営業から戻ってから対応してもらおう。彼が帰ることには、社長もデータに目を通して、何か質問があるだろうから。他の者にも、こちらで手が空いているようだと判断したら、その時は何か手伝ってもらうかもしれんから、そのつもりでいてっくれよ。以上で会議は終わりだ。」
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13 交通整理の会議 | ||||||||||||||||||||||||
「今日は、どんな調子だい」 そう言いながら会議室に入って来た望月部長は、営業課長と業務課長の2人の部下が、互いに睨み合って座り込んでいる場面に出くわしました。 「また、睨み合いか。それじゃ困るんだよ。君たちに、経費精算のやり方を新しく工夫してくれるよう頼んだのは半年前だよ。これは営業部にとって、例の会議プロジェクトと同じくらい重要なテーマなんだ。ウチの部員に、何とか今以上にお客さんと会う次官を多く割いてもらうために、仕事のやり方をいろいろ見直しているんだよ。これはその一つだ。その点をを2人はきちんと認識しいるのか。」 話をしているうちに、部長の口調もだんだんと激してくるようです。 「いったい、何が問題なんだ!!」 「精算伝票を、営業と業務のどちらで起票するかという点で……」 営業課長がこたえると、それに続いて業務課長も答えます。 「今では経費の清算書も、精算の伝票の起票も営業でやっていたでしょう。それを今後は、起票は業務でやってくれって、その一点張りなんですよ、営業課長は。とんでもない話です。こちらは人手不足なんですから、これ以上の仕事は引き受けられません。」 「そういうけどね、人手不足はこちらも同じだ。交通費やら何やら、経費の精算に費やす時間だってバカにならないんだ。それが楽になる分、営業に充てる時間が多くなるんだ。」 「人手なら営業の方がまだマシだろう。まず、そっちで工夫するのが筋ってもんだ。」 「まあ、待て。」 望月部長がやむなく2人の言い争いを止めに入ります。 「君たちは、半年の間、ずっとそんなふうに言い争いを続けてきたのか?」 「ええ、まあ。」 「それじゃあ結論が出ないだろう。」 「いつも、『結論は次回に持ち越しだな』ってことになりますね。」 「なりますね、なんて言っている場合じゃないだろう!仕事の御押し付け合いばっかりしていないで、少しは問題の本質を考えてみたらどうだ。君たちはちっとも分かっていないようだ。経費精算の方法を変えるということに、どんな意味があると思うんだ。この問題の本質は何だ?人手のある、なしが問題なのか?」 「そりゃ、そうでしょう。」 営業課長が答えます。 「君はどう思う?」 「私も人手の問題だと思います。」 「バカモン。人手不足は今に始まったことじゃないんだ。それを問題の本質だなんていうんじゃない。」 「しかし。部長。」 「いいから、オレの質問に答えてみろ。ウチの部は営業だぞ。つまり我々の仕事は、売ってナンボの仕事だってことだ。そこで営業課長に聞くが、このナンボというのは、どういうことだ。」 「それは……、売上から諸経費を差し引いて残る利益のことが、つまりはナンボということです。しかし、その理経と、精算伝票の起票をどちらかがやるという話とは、関係ないことでしょう。」 「大いに関係あるんだよ。どうせ『経費精算は毎月やることではない、期末の決算に間に合わせればいい』なんて考えているんだろう。期末の間際になって、みんなはいっせいにやるくらいだから、毎月の精算なんて無理だというわけだな。だとすれば、ウチの部が毎月、ナンボ稼いでいるのか、計算できないということだ。言い換えれば、ウチの部が毎月どの程度の成果を挙げているのか、まったく把握できないということだな。」 「そういうことになります。」 「つまり、経費精算の方法が工夫できなければ、年に2回、上期と下期のきまつにしか、ウチの部の仕事ぶりも把握できないわけだ。これでは、本当の意味でのマネジメントもできっこないだろう。」 「おっしゃるとおりです。」 「せめて毎月、売ってナンボの成果がわかるようでないと、きちんとした営業戦略が立てられるわけがない。営業戦略がたてられなければ、満足に営業成績も上げられないじゃないか。たかが経費精算、たいした仕事じゃないと思ってバカにしてるから、お互いに伝票をどうするか、押し付け合うことしか考えられないんだよ。コトは、ウチノ部が浮かぶか沈むかの、重要な問題なんだ。そういう視点で、もう1度考えてみてくれないか。」 そう言い残して、望月部長は会議室を出て行きました。残された2人は、また顔を突き合わせて話し合いを始めました。 「部長の言うとおり、営業部の浮沈にかかわる問題だな。どうせやるなら、毎月といわず、毎日精算をやったらどうだ。」 「しかし毎日、きちんと経費精算をやるっていうのも、面倒だよ。それでなくとも外回りは毎日、営業日報を書かなくちゃいけないんだぜ。そのうえ経費精算となると……」 「それなら日報に、使った経費を書き込む欄を加えて精算も一緒にやったらどうだ。」 「いい考えだ。しかし、経費を記入するだけでは、解決にはならんぞ。伝票はどうする?」 「最近のコンピュータ・ソフトには経費精算のソフトもあるらしい。」 「なるほど。日報と経費精算を兼ねたソフトを作って、専用の端末で各自、データを打ち込めば、あとはメインコンピュータが自動的に伝票を作ってくれるというわけか。それなら、双方手間が省けるな。」 こうして30分もたったことには、何とか話し合いも終わり、2人揃って望月部長のもとに現れました。2人の報告を聞いて、望月部長も満足そうです。 「2人とも、いい教訓になっただろう。自分の土俵だけで考えていては解決できないことも、もっと大きな土俵に乗って、大きな視点で考え直してみると、結構解決策が見つかるものだよ。」
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14 商品開発・企画の会議 | ||||||||||||||||||||||||
「というわけで、これまで営業と開発とで情報交換を重ねてきた成果として、心証ほんの開発のためのプロジェクトを提案します。両部長のお考えは?」 このときの会議室では、開発課と営業課の合同で、新商品開発のためのプロジェクト会議が開かれ、開発部長と望月営業部長がともども招かれていました。 「いいんじゃない。」 開発部長がそう答えたのち、望月部長も大きくうなずきました。 「ところで、このプロジェクトはどんなメンバーでやるんだい。」 「これまでの定期的な情報交換の結果がこのプロジェクトですから、メンバーは今までどおり、情報交換会をやってきた人間でと思ってます。」 「というと、全部で何人だ。」 「営業、開発とも10人ずつで、合計20人です。」 「それは、ちょっと考えものだな。」 望月部長が渋い顔を作ってそういうと、さらに開発部長が尋ねました。 「どうしてそういうことになるんだい。人選はどういう基準で決めたんだ。」 メンバーを代表して、ひとりの社員が答えました。 「今まで一緒にやってきましたし、これからも気心の知れた連中でやるのがいいと思ったものですから。是非ともこのメンバーで。」 「いや、それはまずいよ。どういう商品を作るのか、基本的な方向性はもう決まっているわけだろう。それにうまくマッチした人選ならいいんだが、単に今までの延長だからという理由だけなら、賛成できないな。」 「私の意見も開発部長と同じだよ。チームワークを大事にしたいっていう君たちの気持ちはわかるけど、しかしこういう人選の仕方は違うだろう。」 「といういうと、どういう人選が。」 メンバーの代表者は戸惑いながらも開発部長に尋ねました。 「こういう企画型の仕事は、適任者は誰だというのがキーワードになるんだ。特に商品開発となると、プロジェクトを上手に進めていくには、それ双方の専門的知識が必要となるはずだ。20人もメンバーがいては、名かには必要な知識も経験もないアマチュアが、結構いるんじゃないか。」 「開発部長の言うとおりだよ。勉強のためには、こういう経験をするのもいいかもしれない。しかし、あまりにアマチュアが多くいたんでは、勉強どころか、意見もまとまらずに、プロジェクトそのものがちっとも進まない、なんていうことにもなりかねないよ。誰の専門知識が必要なのか、誰の経験を生かしたらいいのか、それを考えて、もう一度、人選をやり直した方がいいよ。」 「人数を減らすという方向で考えてみたらどうかな。プロジェクトが本格的に動き出すようになったら、人数もそれ相応に必要だろうけど、今の段階では小人数の方が動きやすいだろう。」 2人の部長にそろって反対されたのでは、やり直すしかありません。第1回目のプレゼンテーションは、こうして却下されてしまいました。そして、1週間後の今日、第2回目のプレゼンテーションが、同じ会議室で行われているのです。前回と同様に、代表社員が2人の部長を相手に、企画を説明しています。 「おふたりの部長のおっしゃるとおりでした。あれから"適任者は誰だ"という観点で人選をしているうちに、新商品のコンセプトまで具体的になったんです。」 「よかったじゃないか。それでメンバーはどうなった。」 「お手元の企画書に書いてあるとおり、7人のメンバーでやりたいと思ってます。今回の商品は価格が張りますので、まず営業からは高額商品を主に扱ってきた人に、このプロジェクトに残って貰いたいとおもってます。」 「なるほと、なるほど。」 「開発からは、特にデザインが得意な者に参加してもらいます。やはり高級感のあるデザインを工夫する必要がありますので。」 「うん、そうだろうね。」 「ところで、A君というのは、新しく加わったメンバーのようだね。」 「そうです。この商品はマイクロコンピュータ制御がキーポイントになりますから、是非ともマイコンの専門家に参加してもらいたいと思って、今までの情報交換会のメンバーではないんですが、無理を言って引き抜いてきたんです。」 「いいんじゃないか。」 「ベストの人選だと思うよ。確かに君の言うとおり、商品のコンセプトも前回より明確になってるね。さっそくプロジェクトをスタートさせよう。」
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