6-1 タイムマネジメントとセルフマネジメント
 タイムマネジメントは、我々が使う言葉であるが、辞書には大概載っていない言葉である。一般的には、「時間管理」と訳されている。タイムマネジメントの「時間管理」は、完全な誤訳である。論理的に成り立たない。なぜなら、増やすことも、減らすことも、貯めることも、借りることも、貸すこともできない。つまり、多分、唯一管理できないものであろう。しかし、その自動的に過ぎ去って行く時間の使い方次第で、我々の人生は豊かにもなるし、仕事もはかどる。大きな目標を達成しようと思えば、多くの時間が必要となったりもする。つまり、「時間管理」ではなく、「時間活用」である。同様に、セルフマネジメントの「自己管理」も誤訳ではないが、適訳ではないと思う。ここで弊社流のアプローチでセルフマネジメントの適訳に挑戦してみることにする。つまり、「質の選択」である。セルフマネジメントは何のためにあるのか、なぜあるのかを考えてみよう。まず、適訳ではない「自己管理」の言葉から連想するものはなんだろうか。個人差が生じる問題であるが、私は「自己抑制」とか「我慢」「忍耐」「つらい」「厳しい」とかの言葉が連想される。イメージとしては、修行中の高僧のイメージである。つまり、やりたいこと、したいこと、我欲と必死に戦っている姿である。なぜ我欲と戦わねばならないのか。我欲は悪なのか。我欲自体は悪ではない自然なものだと思う。我欲が悪いと思われるのは、相手や他人に迷惑をかけたり、ダメージを与える時ではないだろうか。「自己管理」のイメージにもう一つ、「自分のことは自分でやる」もある。これも相手、他人には迷惑をかけないという点では、自己抑制と同根である。つまり、「自己管理」の言葉の奥には、この他人に対する意識が深く深く根付いている様に思う。つまり、他人のためである。だからあまり「自己管理」には乗り気がしないかもしれない。
 一方、更に弊社流で考えると、他人に対しては自分であった。他人のためでなく、自分のためでセルフマネジメントを考えてみよう。すると訳は、「自己管理」より、「自己活性」とか、「自己育成」の方が適訳ではないだろうか。自分を抑えるのではなく、どんどん発展、伸展させるイメージにはならないだろうか。
 弊社で言うセルフマネジメントのニュアンスは、「自己管理」ではなく「自己活性」「自己育成」である。あくまでも自分らしく、主体性を前面に出すことである。マッキンゼーやボスコンが最近よく使う、「とんがった社員」のイメージである。ところで、この「時間活用」のタイムマネジメントと「自己活性」のセルフマネジメントは、極めて密接な関係にある。つまり、「自己活性」セルフマネジメントには、ある一つのサイクルが成り立つのだが、「時間活用」タイムマネジメントは、そのサイクルの出発点ということができる。具体的にいうと、「自己活性」するのには、何等かの行動が不可欠である。何からやるか(優先順位)、何のためにやるか(質の選択)、いつからやるか(開始)の三点は、ある行動を起こす時の、不可欠の要素であると同時にこれは、生産性向上の三要素でもあった。そして、それは、実は、「時間活用」の三要素でもあったわけである。
 これで、生産性向上がどうして一人一人の個人が出発点なのかも、再度ご理解いただけたと思う。
<この節の重要ポイント>
 1) タイムマネジメントは「時間活用」セルフマネジメントは「自己活性」がより適訳
 2) タイムマネジメントはセルフマネジメントの出発点
 3) タイムマネジメントの三要素は、開始、優先順位、質の選択

6-2 プランニングとセルフマネジメント
 プランニングは、生産性向上において、タイムマネジメントと同様に重要な概念である。着手(無)と結果(有)をつなげる唯一の手法である。無から有を生み出すクリエイティブな作業の設計図をつくり出す手法である。この設計図に問題があると、新しいものやことをつくりだすのに様々な障害が生じてくる。また、設計図を書く作業中に発生するであろう様々な障害も、逆に、事前に知ることが可能である。この二点、無から有をつくりだすことと、障害を事前に認知することだけでも、プランニングは大げさに言えば、神に近づく作業である。創造と予知である。神は確かに大げさだが、確実に、我々個人がスキルアップするための、具体的な手法であることは間違いない。

 では、このプランニングの実態を見てみよう。生産性向上対策の一つとして、このプランニング、目標設定、管理をその具体策として取り上げている企業、組織は多い。しかし、その多くはうまく機能していないのも確かなようだ。なぜなら、弊社にこの手の相談、質問が結構やってくる。「目標が実現できる目標設定の妙案はないか。」「設定した目標の半分も実現できない。どうしたら実現できるのか。」「設定した目標を途中で変更せざるを得ない。これでいいのか。」「設定した目標を実施するため、。そのブレークダウンの方法を教えて欲しい。」等々、数え挙げたらきりがない。生産性向上対策の柱として目標設定とその管理を取り上げるのはよいが、これでは成果は望めない。どうしてこんなことになったのか、または、なってしまうのか。
 その答えは、こうである。まず、プランニングとか、目標設定、管理を、あまりにも安易に考え過ぎていることが挙げられる。確かに、目標の設定や管理は、誰にでもできるような気がする。そして、目標を設定することは、小学生にも実施できる作業である。私達は、小学校の頃から、夏休みの計画等を立てているではないか。しかし、ここに大きな落とし穴がある。プランニング能力は、仕事の進め方においても主要なテーマである。つまり、特別なスキルが必要である。前にも述べたが、欧米の管理者は、この手のスキルをかなり身に付けている。つまり、生産性向上のためには、二つのポイントがあったわけだ。専門知識と仕事の進め方の知識である。この二つのある程度の知識がなければ、プレンニングは正しく机上の空論になってしまう。率直に言って、多くの企業で目標設定、管理が上手に機能しないのも、この二つの知識が不完全だからである。専門知識はよしとしても、仕事の進め方の知識、例えば、一日のうちで、自分の自由になる時間はどれくらいあるかとか、生産性向上に寄与する仕事の性質とは何かとか、時間のつくり方とか、数え上げれば山ほどある仕事の進め方の知識を、どれだけ自分のものとしているか、甚だ疑問である。それらの知識なくして目標設定するのは、実は真っ暗闇であるにも関わらず、自分では見えるつもりで、明かりもつけずに、動き回るのと一緒である。危険極まりない行為である。つまり、プランニングをするに当たっての前提の知識が存在することを認識することである。プランニングは、着手から結果の道筋を付けることである。着手から結果という、一定の時間の枠の中で何をするかを明確にする作業である。つまり、時間の使い方をいかに長期的に考えるかに他ならない。その意味でも、プランニングの前提となる知識は、タイムマネジメント「時間活用」の知識である。タイムマネジメント「時間活用」の知識のない人は、いかに専門知識があっても、実現できる目標の設定もできなければ、その管理もできないと断言できる。これで、タイムマネジメントから出発したセルフマネジメントは、プランニングマネジメントという新しいステージ、ステップに入ることになる。
 最後に付け加えておきたいことがある。このプランニング能力は、そのプランニングの幅、つまり、時間の幅で異なるスキルとなる。一日のプランニング、一ヶ月のプランニング、クウォーターのプランニング、一年のプランニング。どれも同じプランニングという名前だが、そのスキル、実施する方法は異質のものである。つまり、これだけでも、プランニングの知識は結構なボリュームがあることを認識していただきたい。
<この節の重要ポイント>
 1) プランニングはセルフマネジメントの第二ステップ
 2) 安易に考えられている目標設定にも、専門の知識と技術がある。
    プランニングは無から有を生み出す技術

6-3 リーダーシップとセルフマネジメント
  生産性向上を支える三番目の手法は、リーダーシップである。タイムマネジメントが「時間活用」で、プランニングマネジメントが「着手」と「結果」をつなぐものであれば、リーダーシップは、一人一人異なる「着手」と「結果」をいかに組織的な力に結び付けるかという能力、知識である。その意味では、組織としての生産性向上の鍵を握るスキルでもある。そして、リーダーシップのスキルは、タイムマネジメント、プランニングマネジメントをベースとした応用編のスキルでもある。このスキルの主たる目的は、一人一人がマネジメントする「優先順位、質、開始」の着手を、組織がマネジメントする「実績、量、期限」の結果としてまとめるところにある。つまり、多くを一つにまとめる能力である。そこで最も必要となるのは、コミュニケーション能力である。我々人間は、コミュニケーションなしでは、情報の交換も、意見の一致もはかることはできない。それらを一つにまとめるのには、このコミュニケーションは不可欠である。ちなみに、我々がビジネスにおいて投下しているコミュニケーションへの投下時間は、どれくらいあるかご存知だろうか。弊社の調査では、少ない日でも40%、多い日になると80%を超すという結果が出ている。ここでいうコミュニケーションとは、「話す」「聞く」「読む」「書く」の四点である。昔の寺子屋は、「読み書きソロバン」であったが、それは現代のビジネスでも変わらない。変わらないどころか、情報化、市場変化、不確実性の時代背景を考えると、今まで以上に必要なスキルである。何事も、基本が大事である。しかし、多くの企業で管理者研修や中堅社員研修等が実施されているが、この人間としての基本スキルを実施している企業はいかほどあるのだろうか。プランニング同様に、あまりにも軽んじられてはいないだろうか。
 ところで、生産性向上対策として、OA化や社内の情報伝達の仕組みを変えることは、どこの企業も熱心に行っている。しかし、その成果はどれくらいのものだろう。弊社流に発想すると、期待したほど成果はでていないと断言できる。なぜなら、OA化や情報伝達手法の変更によってもたらされるであろうポテンシャルを100%引き出す環境になっていないのだ。何を今更と思われる方もあるだろうが、オフト監督が率いたサッカーの全日本チームがよい例である。オフト監督が指導したのは、サッカーの基本中の基本である。アイコンタクトとか、トラップとか、全日本の選手も当然知っていることばかりであった。そのため、就任早々は、メンバーの猛反発を食らうことになった。しかし、オフト監督は、頑として基本に徹底した。その甲斐あって、世界ランキングでも40〜50位程度の日本が、あと数秒でワールドカップというところまでこぎつけた。この事例は、大変教訓的である。
 人は誰でも、話すこと、聞くこと、読むこと、書くことはある程度できる。言わば、何とかなる世界である。しかし、時代が変わり、仕事の中身まで要求される時代になった今、何とかなる程度で果たしてよいのだろうか。答えは当然、NOである。多い日で一日80%も投下しているものの技術向上なくして、生産性向上はありえないと断言できる。ましてや、会議のあり方を変えるとか、部下育成のためのOJTだとかは、コミュニケーションの応用編である。基本をマスターせず、いきなり応用ができるのは天才である。しかし、天才はあちこちに沢山いるものでもない。このコミュニケーションの基本スキル、話す技術、聞く技術、書く技術、読む技術なくして、効果的に多くを一つにまとめることは、至難の技である。アメリカのMBAの凄さを私なりに評価すれば、在学中にこのコミュニケーションの基本スキルをみっちりと叩き込まれることだけである。それだけでも、十分にどこでも通用するリーダーになる資格を有したと言える。リーダーシップの能力は、今まで述べたコミュニケーションの技術をベースにして多くを一つにまとめるところにある。当然、そのために必要なスキルは、他にも沢山ある。しかし、基本はコミュニケーションである。タイムマネジメント、そしてプランニングマネジメントへとスキルアップし、それを形あるものにするためにも、このリーダーシップマネジメントは大変重要である。なぜなら、前の二つのマネジメントは、自分の問題であるが、リーダーシップマネジメントは他人との問題である。仕事を形あるもの、結果とするには、必ず相手、他人が必要である。その意味では、最後のツメの作業がリーダーシップマネジメントと言える。
 弊社では、タイムマネジメント、プランニングマネジメント、リーダーシップマネジメントの三つを一まとめにして、セルフマネジメントとして位置付けている。つまり、生産性向上は、このセルフマネジメントがあって初めて達成できるものと考えている。そしてこの三つは、スキルアップの方向性も示唆している。つまり、効果的なリーダーシップを実施するためには、その前提として、プランニング、タイムマネジメントは不可欠である。また、効果的なプランニングには、タイムマネジメントが不可欠である。そしてタイムマネジメントはすべての基本と言うことができる。
<この節の重要ポイント>
 1) リーダーシップは、セルフマネジメントの第三ステップ
 ※現在の弊社の理論では、リーダーシップとセルフマネジメントは別の分野になっている。
 また、セルフマネジメントの第三ステップはアクションマネジメントとして位置付けている。

 2) リーダーシップは、コミュニケーション能力が土台
 3) リーダーシップはタイム・プランニングマネジメントの応用編

6-4 セルフマネジメントの五大要素
 弊社では、生産性向上をセルフマネジメントに求めている。そして、そのセルフマネジメントを導入するのは、各個人とその個人が属する組織である。その意味でも、弊社のトレーニングコースは、階層別で行っても効果を出すが、チーム単位で行うと、より一層の効果を上げるコースである。そして、トレーニングコースは、セルフマネジメントを形作っている三つのマネジメント手法であるタイムマネジメント、プランニングマネジメント、リーダーシップマネジメントから成り立っている。個人と組織の両方が、同時に生産性向上を実現するためのコースである。ところで皆さんは、生産性向上には、セルフマネジメントが不可欠なこと、そして、そのセルフマネジメントも、タイム、プランニング、リーダーシップの三つのマネジメント手法から成り立つことを充分ご理解していただけたことと思う。以上は、概念的なことである。さすがに概念だけでは、モチベーションの向上にはなるが、実務においては、殆ど役に立たないかもしれない。この本でも、優先順位、質、開始の具体的な実務への反響の方法をある程度(全部ではない)はお伝えしてきた。ここで、まとめの意味で、セルフマネジメントの五大要素を紹介しておこう。その五つは、以下の通りである。
 日本のビジネスマンの好きな言葉に、「あ、うん」の呼吸がある。弊社流に解釈すると、お互いに理由・目的が共通認識となった段階で初めて可能となる人間関係ということになる。それ程、この質の選択は、重要な概念である。
1. 自分の時間の確保
2. プランニング
3. 委任(仕事を任す、任される)
4. 会議(個別の打ち合せ、商談も含む)
5. スキルアップ(専門知識と仕事の進め方)
 これらは、我々が生産性向上に取り組む際、重点的に取り組むべき具体的な分野でもある。生産性向上対策は難しいとか、さっぱりわからないとか、何をやるべきかで悩んでいる方は参考にしていただきたい。ちなみに、弊社では、優先順位にこだわるので、この五つの分野の着手の順番は、ふってある番号の順番である。
 自分の時間の確保は、単に自分へのアポイントをすることではない。優先順位を明確にすることや、更には自分の時間で行うべきBランクの仕事をする体制ができれば、タイムマネジメントのほぼ80%は成し遂げることができるはずである。
 プランニングは、その考え方とスキルだけでも、多分一冊の本が書けるだろう。しかし、ポイントはBランクの仕事をどこまで長期的に把握できるかということである。すべてをプランニングする必要はない。Bランクの仕事のプランニングだけでも、確実に生産性は向上すると断言できる。
 委任、会議は、リーダーシップの主要テーマである。コミュニケーションの応用編でもある。この分野だけでも、書こうと思えば、一冊の本になってしまう。しかし、ポイントは一つ。仕事に関わる相手、他人といかに仕事を進め、共通の「実績、量、期限」に結び付けるかである。
 最後のスキルアップは、弊社では伝授できず、皆さんが独自にトライしなければならない専門知識の修得と向上と、セルフマネジメントそのものである。ちなみに弊社では、日常業務でこの分野が実現できるよう、一つの手法をコンサルティング等で紹介している。PIP(パフォーマンス・インプルーブメント・プランニング)と言ってチームの実績向上をはかる手法である。つまり、専門知識と仕事の進め方の両方が同時にスキルアップするための手法である。
 弊社では、この五つの分野へのアプローチなくして、企業や組織がいくらリストラ、リエンジニアリング、OA化、業務改善等を行っても、効果は半分も出せないだろうと確信している。なぜなら、この五つの分野は、生産性向上を実現する、基本中の基本だからである。

 注)この時点では、五大要素であったが、現在の弊社のノウハウでは、七大要素となっている。
 

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