3-1 情報化・国際化と優先順位
 先日、弊社のノウハウをコンピューターのソフトにするプロジェクトに着手した。私は、コンピューターについては、今や完璧な素人である。それでも、前の会社で入社したての頃、契約管理システムや、営業顧客管理システムのプロジェクトに参加していた。今から15年以上も前のことである。今回のプロジェクトに先立ち、当時勉強したことをおさらいしようと、勉強した本を引っ張り出してみた。そして、純粋に驚いた。パソコンの記憶容量が桁違いである。そして価格も桁違いに近い状態だ。記憶容量1ビット当りの価格に換算すると、これはもう、異なる商品である。情報化社会と言われて久しいが、その中でも凄まじい勢いで進歩していることが、15年ぶりに振り返るとよくわかる。
 この10年少々の間に、我々が入手する情報量は、飛躍的に増大している。それは、情報量だけの問題ではない。情報の伝達のスピードも飛躍的進歩を遂げている。そして、同時に情報の発信先も確実に増大した。このことは、我々に多くのビジネスチャンスを提供している。同時に、一つの情報の活性化(使える)の期間を短いものとする方向に進んでいる。いわゆる情報の陳腐化のスピードアップである。このことは、ビジネスの国際化や、24時間化のベースになる要因だと思う。かつては、「十年一昔」と言ったが、今や、「十日一昔」の時代である。
 一方、情報伝達能力の進歩や、伝達スピードの向上は、ビジネスの舞台をローカルからグローバルなものに変える大きな役割を果たしている。また、ビジネスの成否は、この情報量の差によって発生するとも言われて久しい。果たして真実であろうか。
 ここまで情報量が増大すると、日々の我々の生活やビジネスは、それに翻弄される結果とはなっていないだろうか。事実、多くのビジネスマンは、社内回覧や各種の郵便物、ビジネス情報の管理に手を焼いている。情報を受け取る側が、それなりの体制をとっていなければ、我々に大きな課題を与えているように思う。肥大した情報の中から、使えるものと、そうでないものの選択が迫られている。つまり、情報の「量」から情報の「質」が課題になってきているように思う。この視点が欠落することによるビジネス上の課題は沢山ある。OA化が叫ばれて久しいが、果して、各企業はOA化に成功したのか。多分答えはNoであろう。中小企業は大企業に比べて、小回りがきくとよく言われる。これも情報の視点で見れば、当然、情報量は中小企業より大企業の方が多いに決まっている。小回りがきくということは、意思決定が早いということである。ふんだんな情報量の中から意思決定するのと、貧弱な情報量で意思決定するのでは、当然、前者が圧倒的な優位にあるようだが、実際はそうでもない。貧弱な情報量でも、内容のある情報があれば、充分な意思決定は可能である。中小企業はそれを実証しているとは言えないだろうか。逆に、情報量が増大すれば、その中から使える情報を選択するのは、情報量の増大と比例して難しくなってくるのも事実である。大企業病とか言われるのも、正しくこの情報量が増大することにより、内容のある情報を選択できない状況ではないだろうか。
 こう考えてくると、情報化・国際化の時代は、我々に多くのビジネスチャンスをもたらす一方、意思決定、情報の選択を大変難しいものにもしてきている。この対策は、情報を受け取る側に、選択、選別の機能が益々必要になって来ていることを示唆している。つまり、優先順位を付けることの重要性を改めて認識する時代である。
<この節の重要ポイント>
 1) 必要な情報と不要な情報
 2) 情報の「量」から情報の「質」の時代へ
 3) 情報量の増大と優先順位の関係

3-2 「パレートの法則」と石川啄木
 優先順位について、もう少し、話を進めよう。
 皆さんは、「パレートの法則」という言葉を聞いたことがあるだろうか。
 パレートは、19世紀のイタリアの社会経済学者とでもいうべき人で、ある時、一国の富の分布について調査した。その結果、どの国でも、上位2割の資産家の資産の累計が、その国の資産の8割を占めることを発見した。これが、「パレートの法則」とか、「2割8割の法則」と呼ばれるもので、20世紀の今日も尚、至る所で活用されている。具体的には、昨今のリストラブームにおいて、売上の低い下位8割の中から廃止すべきラインや事業部の選定がされたり、QC活動で、発生頻度の高い上位2割の問題点の中から、テーマが選定されたり…といった形で活用されている。かの船井総研の「即時売上倍増法」等も、これにあたると思われる。
 さて、この法則を前述の優先順位と実績(仕事の成果)の話に照らし合わせてみると、皆さんの仕事の成果の80%は、優先順位の高い仕事の上位20%で達成できてしまうということが言える。反対に、もし、優先順位の低い下位80%に仕事にすべての時間を費やしたとしても、得られる成果は、全体の20%にすぎないということである。
 つまり、「いくら時間を投下しても、優先順位に問題があると成果があがらない」のである。これでは正に、「働けど、働けど、我が暮らし楽にならず。」…ということで、以後、これを「石川啄木現象」と呼ばせて頂きたい。(啄木さん及び、啄木さんファンの方々には、申し訳ないが…)
 さて、上記の点を考慮すると、仕事を進める上で重要なことは、「大事な仕事、優先順位の高い仕事をいかにキャッチするか、または、それをキャッチするセンスをいかに鍛えるかにある。」と言っても、過言ではない。ところが、最近のリストラや生産性の向上の取り組みをみると、「ムダな仕事捜し」に、その全力を挙げているのが、各社の実情のようである。しかし、いかに「ムダな仕事」を見つけ出し、それを排除しても、その分「重要な仕事、優先順位の高い仕事」を行わなければ、実は何の意味もないのである。誤解されては困るが、「ムダな仕事の排除」=「重要な仕事への取り組み」とは、必ずしもならない。このことを認識していないと、やはり啄木現象は、私達の日常業務の中に、しっかりと根を下ろしたままの状態になってしまうのである。
 トレーニングコースの受講者の日英での追跡調査によると、弊社ノウハウを導入する前と、導入した後では、重要な仕事に投下する時間が、少ない方で20%、多い方で60%も増えていることがわかる。また、その生産性は、20%から30%以上向上していることがわかる。これは、大変注目に値するデータである。なぜなら、これは、「重要な仕事に投下する時間が増えると共に生産性が上がった。」ということと同時に、「重要でない仕事に投下する時間が減少、または、なくなっても、生産性は低下しない。」ということを意味しているからである。このことからも、重要な仕事、優先順位の高い仕事を発見し、その処理のための時間を確保することが、極めて重要なことがわかる。
 生産性向上のためにも、啄木現象を回避する意味でも、「パレートの法則」を意識し、「無駄な仕事の排除」ではなく、「重要な仕事の発見」に注意を向けることを、心からお勧めする。
<この節の重要ポイント>
 1) 優先順位の高い上位2割の仕事で、8割の達成ができる
 2) 無駄な仕事の排除は、重要な仕事への取り組みには直結しない
 3) 重要な仕事への時間の投下こそが、生産性向上に直結する

3-3 無駄な仕事と重要な仕事
 前節において、仕事の達成度合と優先順位の関係について考えてみた。本節では、生産性向上の成果に前節のパレートの法則がいかに活用されているかどうか等を考えてみる。
  新入社員研修において、多くの講師が語ることに、「ムダ・ムラ・ムリ(3ムダラリ)」の排除がある。仕事を効率よく進めるための一つの定番的な言い回しである。しかし、皆さんの職場において、この「3ムダラリ」の排除運動は、定着しているだろうか。また、成果は出ているだろうか。更には、全員、やる気になって取り組めるテーマであろうか。一見、この「3ムダラリ」は、パレートの法則に合っている様に思えるのだが……。
 また、一方、昨今の時短、リストラ等の生産性向上の施策においても、この「3ムダラリ」対策をその主要なテーマとして取り上げている企業が多い。各部門での作業、仕事を列挙し、その中から、ムダと思われる業務項目を抽出し、業務フローから排除する運動である。
 しかし、私達に相談が舞い込んでくる企業の多くは、それらの取り組みを行っても、成果が出ない、確認できない、というケースが目立つ。生産性向上の取り組みのスタート段階で、相談に来るケースは、稀である。つまり、「3ムダラリ」をはじめとして、現在紹介されている生産性向上の取り組みの方法は、大きな問題を抱えているということだと判断している。
 では、どうして、うまくいかないのか。
 考えられるポイントは、大きく二点ある。一つは生産現場における取り組みと、事務現場における取り組みでは、本質的に異なるにもかかわらず、同様な手法で行おうとしている点、もう一点は、無駄な仕事の排除が即、重要な仕事の把握には結び付かない点、または、業務時間の捻出のために、ムダな仕事の排除を行っている点である。前者は、再三述べた通り、事務現場での生産性向上を考える時の対象は「人」であり、生産現場の場合は、生産ラインやシステムといった「非人間的」なものである。つまり、事務現場の対象は流動的であり、生産現場のそれは固定的である。これは、無駄な作業の排除というポイントに絞って考えても、生産現場は固定化しているので、ムダはムダとして普遍的に誰もが共通に認識できる可能性が高いが、事務現場においては、人が介在し、流動的であるために、ある人に対してムダな仕事も、別の人に対しては極めて重要なこともあり、一概にムダな仕事の特定ができないのだ。つまり、現実的な施策としては、事務現場においては、各業務、仕事毎に、ムダ項目を見い出すか、または、重要な項目を見い出すかしか、方法がないのである。組織ぐるみでムダの特定をするのではなく、組織ぐるみで、一人一人が自分の仕事におけるムダ項目、できれば重要項目を見つけ出す社風なり、空気が必要である。
 また、後者においては、ムダ項目を排除し、捻出できた時間に何をやるかが、パレートの法則を考えても極めて重要なことがわかる。しかし、ムダ項目は把握できても、重要な項目の把握ができていなければ、せっかく捻出した時間に、ムダな仕事を行ってしまう危険性は極めて高いのだ。その結果、ムダを排除しても成果が出ない構造となってしまうのだ。このことより、ムダ項目の発見をするより、重要な項目を発見し、その仕事のための投下時間を優先的に確保することの方が、より現実的で実行性も出ることとなる。
 また、一人一人のモチベーション、モラルの視点からも、ムダを探すより、重要なことを発見することに頭と労力を投下することが、やる気の向上にも、業務処理のスキルアップにも直結すると確信している。
<この節の重要ポイント>
 1) 生産現場と事務現場での生産性向上の取り組み方の違い
 2) ムダを探すより、重要なことを探す方がやる気が出る
 3) 生産性向上のポイントは重要なことの発見にある

3-4 他人との関わりと水路化現象
 前節において、考え方として重要な仕事の発見が生産性向上に与える影響の大きさを述べた。しかし、現実的な私達の仕事において、重要な仕事を発見することは、比較的容易であるが、それを実行するには、極めて困難が伴うのも事実である。本章の第1節で、優先順位について触れたが、この困難が伴うのは、日々の私達の仕事には、他人という相手があり、その存在により、当初考えていた優先順位は、時々刻々と変化せざるを得ないのが現実である。それに、いかに対処するかが、このセルフマネジメントの問題でもある。
 それでは、ここで、私達の行動パターン、つまり優先順位と、それに伴うセルフマネジメントの実態について少し考えてみたい。
一. 難しい仕事より簡単な仕事
二. 時間のかかる仕事よりすぐ終わる仕事
三. 新しい仕事より慣れた仕事
四. 自発的な仕事より命令、頼まれた仕事
五. 重要な仕事より期限が迫った仕事
以上に列挙したのは、私達が無意識のうちにとってしまいがちな一つの仕事の着手のパターンである。心当たりがあるものばかりだと思う。弊社では、これらの行動パターンを「日常業務の水路化現象」と呼んで、生産性向上にブレーキをかける私達の無意識の行動パターンとして位置付けている。これらの行動パターンを、前に述べたパレートの法則に照らしてみれば、「啄木現象」に陥る傾向の強いものばかりである。そして、それは無意識のうちに行われる。つまり、しみついたクセとなってしまった行動パターンである。逆説的ではあるが、生産性を低下させる「コツ」の様なものである。その様な悪い「コツ」にも関わらず、とりたてて問題とならないのは、この水路化現象が、日本中、世界中で発生し、「赤信号、皆で渡れば恐くない。」現象と言える程、悪い意味で定着しているからにすぎない。つまり、私達の自己統制(セルフコントロール)の根底に、深く根を下ろしているわけだ。
 この状態で、重要な項目を発見しても、実務レベルでは、それが実行できないのも当たり前、つまり、セルフマネジメントは困難を極めることとなる。水路化対策は、その意味でも生産性向上のための主要な項目である。対策を考えるにあたり、なぜ水路化が発生するのか、その原因を突き止めなければ対策も出せない。では、原因はどこにあるのか。
それを導き出すヒントは、既に述べてある。つまり、仕事には、人が介在する。人も、「自分」と「他人」に分類できると再三述べてきた。ヒントはそれである。水路化発生の原因は、仕事における「人」への重点の置き方にある。つまり、「他人」への重点の置き過ぎ、「自分」の欠落にあると断言できる。
 別の表現をすれば、自らを見失い、流されて仕事をしてしまったということである。
 列挙した項目をじっと考えれば、すべて他人を意識しすぎた結果、発生していることがわかる。難しい仕事より、簡単な仕事から着手するのは、失敗したり上司がどう思うだろうかとか、得意先に迷惑がかかるとか、他の仕事が目いっぱいで、その仕事の相手を考えると、やれるところから少しでもやろうとか、である。仕事には、「他人」がいることは、既に述べているが、「自分」と「他人」のバランスを崩すと、水路化が待ち構え、「啄木現象」に引きずり込まれる状況に、すぐなってしまうのである。
 その意味でも、自分が中心となる重要な仕事(優先順位の高い仕事)に投下する時間を事前に確保することが、大変重要なこととなる。そして「いいクセ」づけのためのトレーニングは、不可欠な条件となるはずである。
<この節の重要ポイント>
 1) わかっているけどやれない現実
 2) 生産性低下のコツ「水路化現象」
 3) 他人中心になりすぎると「水路化現象」が発生する
 4) 自分が中心となる重要な仕事が生産性向上の鍵

3-5 重要性と緊急性
 今迄のところで、なぜ「優先順位」が、タイムマネジメントや生産性向上のキーワードなのかは、十分おかわりいただけたことと思う。
 では、実際のところ、優先順位はどうやってつけたらいいのだろうか。
 一言で「優先順位」と言っても、その判断基準は様々である。書店に並ぶ100冊を超えるタイムマネジメントの本の多くは、優先順位の重要性や、パレートの法則について述べた後、「優先順位のマトリックス」と称して、その判断基準に「重要性」と「緊急性」を挙げている。しかし、これらは、本当に有効な判断基準なのであろうか。実際の業務に照らして考察してみよう
 一般の本の中で語られている「優先順位」のつけ方は、おおよそ次の通りである。
 まず、皆さんの今抱えている仕事を、全部紙に書き出してみよう。次に、それらの仕事を、@重要性・緊急性共に高いものをA、A重要性は低いが緊急性が高いものをB、B重要性は高いが緊急性は低いものをC、C重要性・緊急性共に低いものをDという四つの基準にそって分類してみよう。当然、優先順位は、Aが一番高く、Bから順に低くなっていくのだが、優先順位をつけたら次は、優先順位の高いAの仕事から着手し、最後にDの仕事をするようにすれば、パレートの法則によって、仕事の生産性は目に見えて向上する…といったところである。
 この考え方は、一見、理にかなったものの様に見える。皆さんも、この作業をしただけで、何だか頭のモヤモヤが晴れた様な気になったかもしれない。しかし、それも多分、長続きはしないだろう。なぜかと言えば、実際は途中で、上司から声がかかったり、お客様からクレームがはいったりといった突発業務が待ち受けているからである。こうたびたび突発業務が発生したのでは、折角振り分けた優先順位も、すぐに無意味なものとなってしまう。生産性とて、かえって、下がってしまうかもしれない。
 では、どこに問題があるのだろうか。
 まず言えることは、このマトリックスでは、不測の事態を想定していないということである。そもそも私達は、他人との関わりの中で仕事をしている。これは言い替えれば、当然、自分では把握しきれない事態が起きるということである。ということは、仕事をする際には、事前にはわからない仕事への対処も、心得ていなければならないということである。にもかかわらず、上記のマトリックスでは、事前にわかる仕事のみをリストアップしているところに問題があるわけである。
 次に言えることは、この、「重要性」と「緊急性」という基準そのものに妥当性がないということである。ここでちょっと、先程の水路化現象の一項目を思い出していただきたい。私達の頭の中には、「重要な仕事よりも緊急の仕事」を優先させてしまう無意識の回路が存在するという事実。とすれば、私達は、「緊急性」によって、「重要性」の判断を誤り易いということが言える。だから、突発業務が発生すると、つい、そちらに目がいって、優先順位を誤ってしまうわけである。ということは、上記のマトリックスで言う、AとBの判断の中に、既に優先順位の落とし穴が潜んでいるということである。これでは仕事がうまくいくはずはない。
 では、どうしたらよいのか。
 そこで弊社では、優先順位の判断基準を、まず、イ.「自分か他人か」ロ.「今か後か」で分類する。そして更に、突然やってくる仕事を「X業務」として、上記のイとロの基準に従って、優先順位をつけることにしている。
 つまり、今、自分がやる仕事がA、後で自分がやる仕事がB、他人でもいい仕事がC。更に、突然発生して、今自分がやる仕事がAX、後で自分がやる仕事がBX、他人でもいい仕事がCX…という、合計6つの優先順位を設定し、Aランク(A及びAX)の仕事から着手するのである。他人でもいい仕事は、即、他人に委任すればいいのであって、優先順位の判断に、「いつやるか」までは必要ない。
 まずは、「急がば回れ」の精神を持つこと。いくら突発業務が起こっても、慌てず、騒がず、優先順位をはっきりと見極めてから仕事にかかる余裕を持つことこそが、生産性向上の鍵と言えよう。
<この節の重要ポイント>
 1) 既存の優先順位のマトリックスの落とし穴
 2) 自分か他人かの判断
 3) 今か後かの判断
 4) 仕事には必ず突発業務(X業務)がある

3-6 事前にわかる仕事とわからない仕事
 仕事には、大きく分けて、二種類の仕事がある。事前にわかる仕事と、わからない仕事である。朝出社し、その日にやるべき仕事を書き出すビジネスマンは多い。書き出せるということは、事前にわかっているということである。しかし、多くのビジネスマンは、書き出すものがその日のうちには、終わらない。少なくとも、定時の就業時間内には終わらない。その原因はいたって簡単である。つまり、事前にわからない仕事は、大変くせ者である。事前にわかる仕事は、それに要する時間も予めわかるものである。しかし、この事前にわからない仕事は、それに要する時間もわからない。つまり、計画の立てようがない、ということになる。
 いろいろな企業の管理職の声を聞くと、「自分の部下は、その日暮らしだ。」は結構多い。この、その日暮らしの原因は何かといえば、事前にわからない仕事が主因である。事前にわからない仕事の対処の仕方は、いたって簡単である。つまり、出たとこ勝負ということだろう。その日暮らしということは、この事前にはわからない仕事が発生するのをじっと待って仕事をするスタイルと言っても過言ではない。明日のことは明日でなければわからない、これがその日暮らしの基本的構造である。つまり、事前にわかる仕事も、わからない仕事と同じ進め方で処理するということだろうか。
 実は、ここに大きな問題がある。仕事には大きく分けて、二種類の仕事がある。にもかかわらず、大方の人は、一種類の仕事の進め方しか持ち合わせていない。例えて言えば、スキーのノルディック複合競技の様なものだ。同じスキーでの競技だが、ジャンプには幅広のスキー、距離には幅狭のスキーの二種類がある。幅広のジャンプ用の板で距離競技に出る選手はいない。逆も同様だ。それくらい違う。事前にわかる仕事と、わからない仕事も同様なくらい違う。しかし、私達は同じ一本のスキー板で対処している様なものだ。とは言っても、ノルディック複合の選手の方が、ある意味では楽である。なぜなら、距離競技中にジャンプ競技は発生することはない。もし発生すれば、バラエティショーになってしまう。競技が変わる毎にスキー板を履き替えて競技をしていたら、お笑いの世界だ。しかし、我々の仕事は、距離競技中にジャンプ競技をやっている様なものだ。それでいきおい幅広板で距離をやったり、幅狭板でジャンプをやる羽目になってしまう。
 つまり、事前にわかる仕事とわからない仕事が交互に不規則にやって来る。この不規則にやって来ることが問題だ。仕事の重点の置き方は、無意識のうちにわからない仕事中心にならざるを得ない。結果、一つのスタイルしかないことになってしまう。ここで当然と諦めるか、それとも諦めずに対処するかで、大きな差が生じることとなる。つまり、わからない仕事中心のスタイルでは、優先順位の発想も、2割8割の法則も不要だということになる。わからないものには、優先順位の付けようがない。そう諦めた瞬間に、啄木現象、生産性低下の落とし穴にはまることとなる。
 優先順位の発想や、2割8割の法則を活用するためには、事前にわかる仕事と、わからない仕事が存在することを認識することが必要となる。事前にわかる仕事に優先順位をつけたら、突然発生するわからない仕事の優先順位も付け易い状況をつくることができる。比較をすることができるわけだ。
 それともう一つ、このわからない仕事は、仕事における応用編でもある。発生すると同時に、優先順位を判断し、対処に必要な時間を読むことが必要である。このスキルは、事前にわかる仕事を処理するうちに、身につけることのできる応用技術であると認識すべきだ。基礎もやれずにいきなり応用編をやって成功する人は、古今東西、皆無である。
<この節の重要ポイント>
 1) 仕事には事前にわかる仕事とわからない仕事(突発)がある
 2) この二つの仕事の進め方は違う
 3) 事前にわからない仕事の対処法は、事前にわかる仕事の応用編

3-7 優先順位の混乱と他人
 生産性低下の主たる要因に優先順位の混乱がある。これを別の表現にすると、「今、何を行うのがよいのか、ベストなのか。」の判断ができないことを意味している。パレートの法則をいくら頭で理解していても、日常の業務の中では、この優先順位の混乱が発生する。2割8割の法則で仕事をするのは大変に難しいことである。更に追求して考えれば、散漫になって集中できないということである。我々の日常業務は、スピルバーグの映画より、ある意味では変化に富んでいる。次から次へと状況は変化する。一つのことに、ある一定の時間(期間)集中することは大変難しい。では、この優先順位の混乱や、集中できない状況の原因は、一体何であろうか。様々な原因が考えられる。視点をマクロからミクロに至るまで、変化させて考えてみよう。
 まず、マクロの視点では、前述の通り、情報化、国際化、24時間化という時代背景がある。もともと選択肢の多い時代になってきている。その中から、ベストなものを選択するのはもとより、ベターなものを選択することでさえ困難な時代である。なぜか、状況の変化が著しく、その状況に合わせようと努力すると、常に軌道修正が必要なこととなる。また、我々は、そう思い込んでいる。
 次は、仕事そのものの性質による問題である。つまり、仕事には相手(他人)が必ず存在する。我々の日常業務における優先順位の混乱や、集中できない状況の直接的原因の大半は、他人によりもたらされている。仕事の中断や、突発的に起きる緊急な仕事等、他人がいるから発生する問題である。しかし、仕事には必ず相手(他人)がいなければ成り立たないという事実がある。その結果、前述の通り、事前にはわからない仕事に重点を置く仕事のスタイルに無意識のうちに陥ってしまっている。
 三番目は、目標の欠如である。今日一日の達成目標、今週の達成目標、今月の達成目標が明確になっていないことによる問題である。事前にわかる仕事は、優先順位をつけることが可能である。しかし、優先順位を混乱している人の多くは、事前にわかる仕事の把握も弱ければ、当然その優先順位付けもしていない。
 四番目は、優先順位そのものの性質による問題である。優先順位は変化するものであると同時に、一人一人によって異なるものである。一般的に期限が近づくにつれ、優先順位は高まる傾向にある。つまり、緊急性が増大し、優先順位が高まることとなる。また、日常業務を処理するレベルにおける優先順位は、その業務を遂行している各個人が付けることとなる。つまり、同一業務でも、処理する人の置かれている状況や、価値観、性格によって異なる優先順位付けがされることとなる。
最後は、人間と時間の関係の問題である。我々人間は、一時に一つのことしか行えないのがこの世のルールである。聖徳太子の様にはなかなかできない。同時に沢山のことを行えれば、優先順位の混乱が発生しないのは道理である。
<この節の重要ポイント>
 1) 他人の存在が優先順位の混乱につながる
 2) 私達は一時に一つのことしかできない
 3) 目標の把握は、優先順位混乱の予防策

3-8 優先順位の付け方のおさらい
 仕事には、生産性向上に大きく寄与するものと、それ程でもないものがある。また、生産性維持に寄与するものもあれば、逆に、生産性低下を誘因するものもある。
 パレートの2割8割の法則により、早期に達成度を高めることができるのは事実である。しかし、ここに大きな課題が潜んでいる。何の達成度を高めるかという課題である。多くのタイムマネジメントの本には、単に、仕事の達成度を早める、高めるという観点で紹介されている。そしてそれらは、仕事の量をこなすという観点であるように感じられる。つまり、一定の期間にどれだけ処理するのかの発想は、期限をベースにした優先順位ということにつながっていく。ここで、一般的な優先順位の付け方についておさらいしてみよう。一番ポピュラーなのは、重要度と緊急度のマトリックスによる優先順位の付け方である。重要度の高低と緊急性の高低による4ランクの優先順位である。重要度、緊急度とも高いものをAランク、重要度、緊急度とも低いものをDランクとする。この二つは、誰しも納得するだろう。問題は、B、Cランクの付け方である。重要度が低く、緊急度が高いものはBランク、重要度が高く、緊急度が低いものをCランクとしているものが多い。つまり、重要度より緊急度をより重視しているスタイルである。これは弊社でいうところの生産性が低下する水路化現象である。それともう一点、重要なことは、重要度、緊急度の判断基準が難しい。いつも同じ判断基準でなければ、結局優先順位は明確にできないのと同じことになってしまう。この様な、優先順位の付け方では、パレートの法則に基づいて仕事ができそうな気がするが、実際は不可能である。付け方自体に水路化が発生しているばかりか、実用性に乏しいものであるといえる。
 そこで、生産性向上を意識した優先順位の付け方を紹介しよう。これは、極めて実用的であるばかりか、個人とチームの生産性を同時に向上させる優先順位の付け方でもある。まず、重要度、緊急度の発想は忘れていただき、自分か他人か、今か後かの発想に切り替えていただく。つまり、基準の作り方は、「自分がするのか」それとも「他人でもいいのか」、「今するのか」それとも「後でいいのか」である。今/自分がAランク。後/自分がBランク、そして「他人でも可」は、今、後の区別なくCランクとするやり方である。しかし、これまではまだ不十分である。事前にわかる仕事は、これで対応可能であるが、突発の仕事は対応できない。そこで突発の仕事をXランクとし、前述のA、B、C、とドッキングさせる。そうすると、突発で、今/自分がAX。以下同様に、BX、CXのランクの仕事に分けることができる。弊社では、この様に六つのランクの優先順位をおすすめしている。
 この様に分類した六種類の仕事を整理してみよう。尚、今/後の基準は、今日/明日、今週/来週、今月/来月という様に、各自で決めていただきたい。

 Aランク:
これは、自分がやる仕事で、期限が迫っている仕事であり、期限が近いので、早急に仕上げなければならない仕事である。つまり、「ゆとり」のない仕事である。
 Bランク:
これは、自分がやる仕事で、期限が迫っていない仕事である。期限が先なので、いろいろと工夫ができる仕事である。つまり、「ゆとり」のある仕事である。
 Cランク:
これは、自分でもやれるが、他人でもやれる仕事である。期限が迫っている場合は、往々にして自分でやる羽目になる仕事である。
 AXランク:
これは、突然やってきて、すぐに取りかからねばならない仕事である。つまり、投下できる時間が限られている仕事である。にもかかわらず、結果として時間が必要以上にかかる仕事でもある。
 BXランク:
これは、突然やってきて、すぐ取りかかる必要のない仕事だが、相手とのコミュニケーションがまずいと、すぐ取りかかってしまう傾向のある仕事である。
 CXランク:
これは、突然やってきて、他人でもいい仕事である。しかし、状況判断を間違えると、自分でやらざるを得ない傾向になる仕事である。
 以上の分類によると、それぞれのランクの仕事の性質もわかり、仕事をうまく進める(生産性を向上させる)ためには、どの仕事に時間を投下すればも、各自の判断で行えるのではないだろうか。
<この節の重要ポイント>
 1) 優先順位は六つ
 2) Bランクの仕事は、他人に任せる
 4) Xランクの仕事は、今やるか、後でやるかを考える


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